いろんなことがあったんだ。
氷がとけて、暖かくなり、たくさんの春が来て、それから冬も来て、また春が来た。
それからたくさんの友達が現れて、たくさんの友達が消えていき、たくさんの思い出が残った。
「あなたの目、とても素敵」
彼女が男である僕にそう言った。目が素敵だって。てっきり女性に言うための言葉かと思っていた。
泳げるようになってしばらくして、目が見えるようになった。
それからたくさんの鮮やかな色が出てきて、また見えない色も出てきた。
美しさがそこに現れ、綺麗なあの子にはそれが備わっていた。
僕は、無性に歩きたかった。彼女といっしょに、手をつないで、歩きたかった。
「いつまでも、きみと、歩きたい」なんて、恥ずかしくて、直接は言えなかったけれど。
すくっと立ち上がって、僕は歩く。きみの手をとって、僕は歩き出した。
言葉は出さない、ただ、手をとって歩き出したんだ。
それから、大きな空を見上げた。
青くてすがすがしい空気がそこには拡がっている。
「きみと、空を、飛びたいんだ」
「ええ、あたしもよ」
そう言うと僕たちは、ゆっくりと体を重ねて、飛ぶ準備をした。
手をつないで、体をぴったりと重ねて、綺麗な色の服を風にはためかせながら、ゆっくりと…。
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…そのような「ぼく」の映像を、俺は見ることができた。
「【ぼく】って何だい?」と俺は問うた。
そこには何千年も残る、巨大な何かがあり、答えてくれた。
「この世の原理は、ひとつなの。「在るものが在る」それだけよ。」
「数式で表した方がわかりやすいかしら。1=1.それだけなの。」
「滅びたきっかけはね、戦争なんかじゃないわ。進化しすぎてDNAプログラムが暴走したの」
「あなたたちは遺伝子にプログラムされてできているタンパク質なの」
「プログラムは意志をもたず、ランダムに変化してちょっとずつ進化していくの」
「さっき言った「在るものが在る」というルールに沿ってね。残った遺伝子が残ったの」
「ただね、プログラムは意志を持たないから、暴走したようにふるまうことがあって」
「たとえばね、巨大になった生物は巨大さが有利になり、より巨大化していくの」
「巨大さが有利な生物は、メスにモテるのはより巨大になったオスなの。いわゆる性淘汰ね」
「性淘汰が進むと、必要以上に巨大化する方向へどんどん進み、戻ることができなくなってしまうわ」
「巨大化した生物がことごとく滅んだのもその理由ね。そしてこれからも。」
「そして、暴走する手前のプログラムからまたやりもどすの。恐竜は滅んだけど、トカゲのプログラムは生きてる」
「さっきの話に戻ると、人間はね、知能が発達して、文化を持ったわ」
「文化それ自体も「残るものが残る」ルールに乗っ取って、まるで遺伝子のように文明が発達していったわ」
「余剰価値がうまれるようになり、IT革命がおき、年を重ねるごとに文化はべき乗で発達していった」
「それからどうなったと思う?」
「必要以上に発達した文明は、戻ることができなくなってしまったわ」
「そして、ヒトは滅んだわ。戦争すら起こらなかった。」
「完全に、1匹たりとも残らなかった。」
「いえ、でもね、文明が発達する前の、霊長類が残ったわ。プログラムが暴走する前の状態よ」
「そしてね、もうひとつ言っておくとね、ミクロな部分でもそうだけど、もっとマクロな部分でもそうなの」
「つまりね、遺伝子が拡がり過ぎること自体が自己増殖化で、それはプログラムのバグなの」
「宇宙もね、拡がったものが結果的に広がっているのだけど、それもプログラムの暴走なの」
「え?結局何なのかって?」
「さっき言ったじゃない。在るものが在る。それだけよ」
「そう、本当にそれだけなの。宇宙は1なの」
「それだけ…」
俺はその言葉を聞き、眠りについた。
繁殖期の男女の、輝いている生。
そして、その裏側にある死。
俺はここに在る。