2012-08-04

英語の授業について、ほろ苦い気持ちを思い出した

http://anond.hatelabo.jp/20120803173843

中学校1年のとき英語教師が、増田の言うような授業スタイルで、一切日本語を喋ってくれなかった。

私のころは当然公立の小学校では英語教育などなく(ローマ字は教えられたから、アルファベットだけは書けたが)、

塾に通っていて英語を習っている子も、1年生の最初最初"This is a pen."レベルから、まだ少なかった。

授業方法は、まったく文法などを解説せず、教師にバシバシ訂正されながら教科書を音読させられたり、

テンプレートのやり取りを隣同士で行なったり、というのが主だった。

授業方法が授業方法なだけに、テスト内容もそれに沿っていて、

私たちはまったく文章が構成されるルールを知らないまま例文を暗記するだけでテストを受けていたが、平均点は高かった。

扱われている教材のテキストレベルはおそら指導要領からは外れていなかったと思う。何せ中1だ。

それにしたって、あの1年間はなんだったのだろう。

翌年、英語担当教師が変わり、塾に通っていなかった、英語勉強方法はそういうものだと思っていた愚かな私たちは、

一般的なスタイルの授業の前に撃沈した。

なにせ「be動詞」というものが何を指すかすら知らなかった(is、are、などは知っていたが、それらをbe動詞と呼ぶとは知らなかった)。

もちろん、それらがどういった条件で変化するのかもあやふやだった。

今考えると、恐ろしい。

こういう勉強法はせめて高校卒業時…いや、中学卒業レベルでもいい、

とにかく、基本的な文型やifや関係代名詞やそういうの知ってからすべきだったのに。

あるいは日本語も話せないような幼児教育としてやるべきだったのに。

あの教師はいったい何を教えたかったのだろう…。

その後、塾に通い、学年相応の英語力はついたし、折りしもハリポタブーム()で初めて洋書を買って、

英語米語の違いや各地方の訛り、綴り、韻、ジョークなど、「娯楽的英語」の楽しさから英語好きになって、

進路を決め、1年だけだが留学も出来た。

仕事英語関係ないけど、洋ドラ映画アメコミナショジオは大好きだ。

遅れは取り戻せたが、あの1年がなければ、私にとっとと塾に駆け込むべきだと考える判断力があれば、

1年でもっと色々できたかもな。と思わなくもない。

まあ、それはともかく、基本的な英語を覚えてなくても習ったことがある人が、

学習として自習で英語勉強するなら、英語英語、という考え方をしたほうが良いとは思う。

日本語話者同士の日本語でのやり取りでさえ、齟齬が起きたり、気持ちが伝わらなかったりするのに、

言語同士の相対表作ったり、あまつさえ話者のニュアンスを完全に再現した翻訳などできるわけがない。

多くの英語話者の作品をサンプルとして見聞きし、その単語フレーズが示す概念ニュアンスやらを知ったほうが応用が利く。

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