はてなキーワード: なのはなとは
http://anond.hatelabo.jp/20080520124758
http://d.hatena.ne.jp/gyu-san/20080519/1211213869
このへん。
なんで「女子男子の話じゃなくない?」という「コミュ拘束」の話が男女の話になるのか僕の考えた事を書いてみる。(ちなみに男です。ま宣言しても意味ないけどな。)そもそも男といる方が楽とか女といる方が楽しいとかって言い方自体、対象をひとりの人間として見てない時点でどうしようもないんだけど、あえて男女論にいってみる。
男に比べて女の方が比較的「コミュ拘束」から逃れにくいか。なんでかちゅうと簡単に言えば「女は一人で生きていくのは難しい」という歴史が長かったからだと思う(近代くらいからなのかな?いずれちゃんと勉強します。)。現代は少なくとも建前上は男女平等機会均等が求められてる。でも昔はたったひとりで仕事を得て自活する事、財産を相続する事、もちろん例外もたくさんいますが多くはほとんど縁がなかったはず。少なくとも男に比べれば相当不利だったでしょう。文化的な事(スポーツとか創作活動など)もお稽古ごと程度に済ませるべきで本気で取り組むと「そんな事やってるとお嫁に行けません!」となる。
ちっちゃな頃からずーっとそういう空気にさらされて生きていく。そうすっとひとりでアイデンティティを確立するのが非常に難しいんではないかと思う。だから世間の言う「ふつう」路線への同調圧力が高くなる。学生ふうに言うとイケてないグループに落ちないように必死にならないといけなくなる。
(男女論から離れるが、さらに性質が悪い事に自分がイケてないグループに入ってないという立場をより強固にするためには「イケてないヤツ」を無理矢理にでも作り出す必要がある。これ「魔女狩り」です。)
女性実業家や女性スポーツ選手とか女性漫画家などもちろんいるんだけど、失敗したときの目線が違うというのかな。
失敗して悲惨な人生になっても男は自分の人生に責任を負う権利を認められている。まあちょっと抽象的な考えだけど。バカやってのたれ死にする自由がある。極端に言うと女はその責任を負う自由すら無い。晩婚化未婚化が進んだ今の時代でも女が一人で老いて死ぬまで生きているのを見る時「嫁の貰い手が無かったんだなかわいそう」という哀れみの視線を向けられるような雰囲気はまだある。
もちろん男でも「コミュ拘束」に圧殺されるような奴はいっぱいいるし、「男はこうであるべし」という同調圧力もあるけど、のたれ死にする自由がある分全然違うと思う。
ある作家が自分の小説の主人公がほとんど男なのはなぜかと問われた時「自分の小説の主人公はピエロでなければならない。今の世の中ではまだ女はピエロになれないからだ。」みたいな趣旨の事を答えていた。ダウンタウンの松っちゃんが女が芸人をやる難しさを言っていたと思うが原因はこの辺りにあると僕は思う。女がバカやってのたれ死にする自由、それを男含むみんなが見て対象が男である時と同じように「無茶しやがって…」って笑えるような世の中にするのが必要なんだと思う。
(まあフェミニズムに関してちゃんと勉強すれば僕の考えてる程度の事はとっくに議論済みなんだろうな…易きに流れてテケトーな事を書きちらせるネットの弊害だなぁ。)
この記事の追記的な話なんだけど、もしヒトの繁殖スタイルがそうしたものだったら、果たして文明って今みたいに発達したのだろうか。
オスはメスにアピールして繁殖の権利を得るために、食料確保や生活環境の整備・安全保障などのサービスをやっきになって提供し、そのことが経済や文化の発展につながったというようにも考えられる。
「文明は男が作ったもの」って言うと反発されるかもしれないが、それはある程度は事実としか言いようがない。で、現代文明において支配的な価値観はやっぱり男系社会のものだし。
もしのうのうと過ごして適当にセックスできるって環境なら、男は多分そんなにはがんばらないんじゃないかな。
で、その場合は例えば国家とかの巨大な共同体が発生したかどうかもわからんし、個体のオス同士の小競り合いは発生するとしても、集団と集団が戦闘行為を行う「戦争」なんてものもそもそも発想すらしないかもしれん。「戦争」なんて完全に男の仕事だし。おお、元増田にやっとつながったぜ。
まあ、女性主導でも経済なり文化なりの文明は発展したかもしれないけど(確かめる方法はないが)、それは現代文明とはかなり違った形のものになるのではないかと思う。
だから、「浮気がダメなのはなぜか」みたいなちょっとした倫理観でも、実は社会のあり方に相当広範囲な関連性を持っていると考えられる。
だとすると、
というのも、あながち間違いではないかもしれん。
ただし、そうした倫理観は「メディアの悪影響」といったレベルで決定されたものではないだろうし、その変更は社会や個々人のあり方を根底から変えることに等しいのでおそらく不可能だと思うが。
よし、五日目。
ニコニコ見てたら遅くなった・・・・
3日ぶりくらいにニコニコ見にいったのだが、
そこで俺は何故かR18のタグを押してしまっていたわけで・・・・
エロ動画サイトなんてブクマしまくっているにもかかわらず、だ・・・・
だが、この「規制された区域でのエロ」ってのがまたそそるわけで・・・・
こんなのはな、水着大会やバカ殿の入浴シーンでのぽろりみたいなもん。
その瞬間を見逃すな!というギリギリ、ハラハラ、そのドキドキがエロを高める・・・・
深夜だからこんな始まり方でいいだろ。
それより本だよ、女の友達に借りた本。
まだ半分しか読めていない・・・・
でもな、だいぶ頑張ったぞ?
けどこれ・・・・あんま・・・・はっきり言っていいか?
ぜんぜん面白くないぞ。
ぜんぜんてことはないか・・・・
ただな・・・・単調すぐる。
半分読んでも単調ってヤバいだろ・・・・
この後どんでん返しが待ってたとしても、
それまでのフリが糞つまらんかったという事実は変わらないからな。
残念だか・・・・
あらすじ聞いてないから読み進めるまま知るしかない俺涙目。
非常にじれったいんだが・・・・
俺は根気だけで読んでいます。
早く二冊目いきたいです。
自分独自のタグの人。
http://anond.hatelabo.jp/20071108223848
俺は5日目にしてついに、「トラックバック」を覚えた!ぱちぱち
で?自分独自のタグ?ああ、はいはい・・・・
自分独自のタグね。
え・・・・
そんなの、俺まだ5日目だぞ?
タグは分かる、どこでつけてるのかが分からない。
それはタイトルか本文に、俺だと分かる文字でも書いておけばいいのか?
そんな原始的な方法じゃなくて、本当にタグを作れるの?
タイトルはさすがにつけたくないんだが。
あ、名乗らないままならいいのか・・・・
というか独自のタグってなんよ・・・・
タグつけてるのは、
そのブクマする時の条件なのかは知らんが・・・・
IDもってる人がつけるんじゃあないのか?
いや、俺は分かってないけど、
とりあえず記法一覧を見てみたが・・・・
うっ・・・・
どこ見ればいいんだ・・・・
おいこれ難しいぞ・・・・よく分からん・・・・
他の人の日記見てくる・・・・
見てきた。
これ見てもしょうがないよな、タグ見えないんだが。
あ・・・・
よく考えたらタグってどこから見れるのかも分かってない。
誰がどのタグつけたかも分かるようになってるみたいだな・・・・
匿名日記のタグつける場というか作る場も、IDありきの人の画面からしか見れない。
と、俺は踏んでるんだが。違うのか?
それも毎日集めてるページみたいなところ?を見た。
あれはなんだ、ああいう文化か?
あんないっぱい集めて毎日更新してるのか、すごいな。
収集家だよな・・・・
その日気に入った日記を紹介するページなのか。
それだけのブログってのもあるのか?よくは知らんが・・・・
検索ついでにかち合ったことはあるな、そういう収集家のページ。
あんまりかかわり合いになることはないと思ってたが・・・・
あっこれか!
日記のブックマークのボタン押したらそれらのページがどっと出てきたぞ!
ほう・・・・
身近どころじゃないなこれ、はてなの一機能なのか・・・・
あ・・・・
タグは、そうだな・・・・
匿名でつける方法が分かったらちょっと考えてみるよ、ごめんな。
やだよ。めんどくさい。の人
はい残念でしたー
俺がトラックバックのやり方知ったのさっきだからね、1時過ぎ。
貼ればいいんだろ?貼らなくてもいい方法もあるのか?
まあ貼ればいいんだから貼ればいいんだ。
それよりタグ・・・・
分からないまま時は流れて2時だよ、くっそ・・・・
あとお前、俺は1時間近くタグに奮闘してたの!
そんな一行でやる気のなさ主張すんなw
五日目マダー?の人
http://anond.hatelabo.jp/20071109171930
書いたよ!できたてほやほやの五日目だよ!
これ今毎日書いてるけどちょっと無理だな、
1日に数回書くつもりもあるにはあるんだが・・・・
この書き込みを信じるならばと条件をつけておくけど、なぜこれでサークルがつぶれるのかわからん。元増田が、普通に男と話をするだけだったとしたら、そりゃもうミステリーだわ。
童貞男子の中に女1人ってのは、高校時代のクラブ(無線部)であったけど、別にクラッシュしなかった。周りの部もいたって普通。大学まで行ってもそんなのはなかった。大学は武道系だったから女は居なかったが。
俺達の時代、大学のクラスに女が1人と言う科はあって、その子が多分意図せず女王蜂化していたが。いまどきはクラッシュするのか。理解できない。
男が勝手に興奮して恋愛感情を抱くってのは同意。若い男はそんなもん。だけど、「この子は俺のことを誰よりも好き」って思い込むのは、普通じゃないと思うんだけどなぁ。
今は違うのか?
某ブロガーの口癖に気がついた。この人、結構憶測でものを言って、そのくせ自分の希望的観測を混ぜてるので論旨があまり論理的でなくって、その辺が実は内心後ろめたくって、自分で自分の言葉に確信が持てないことの裏返しなのかと思うけれども、やたら
??ていう感じですかね。
で語尾を〆る。誰に同意を求めているのか、「感じ」という単語を挟んで曖昧に自分を許容してもらいたがっているのか、こういうのも集団思考のツールのひとつなんだと思う。みんなを自分にとって好ましい「空気」に取り込みたい、その「空気」を誘導したい、そして自分もその「空気」に属したい、自分の考えというものがなくて、だからそれを確固とした主張として展開する意志もなく、みんなで当たり障りがない所に落ち着きましょう、とコーディネートしようというのか仲介しようというのか、とにかくまず、党派的に同調したい。身内で連帯したい。そういう意図があって、各関係者の言い分を予めマッピングして、「今日の自分はとりあえずこのポジショニングで話してみようかと思います。本気だとは限りませんからほどほどに読んでね」と保険をかけないと不安なのか。
さて、話を変えるが、あるいはつながっている可能性もあるが、
サヨク的な人って、「自分はサヨクじゃない」と言いながら、傍から見たらしっかりサヨク的市民運動の行動文法の伝統を受け継いで党派的に動いて情報操作に精を出すようなのはなんでだろう、と思っていたが、これはどうも、まず信条的にその人がサヨクでそれを実現するにあたって後からそういう行動をとるんじゃなくって、なにより先にリベラルぶって自分を良心的であるとか正義であるとか思いたい、自己愛を満たしたい、そのためには情報操作も、印象操作も辞さず、ボロが出るまでは突っ走ります、知り合いはかばいます、ダブスタも使います、そういう人が左に流れていきやすいという面もあるだろう。
二人で8*8くらいのマス目に色んな形・サイズをした(テトリスのコマのマスの数が色々になったような)コマを置いていくボードゲーム。
片方がどこにも置けなくなった時点で、占有してるマス目が多い方が勝ち、というシンプルなルールだった。
何回か繰り返し遊んだが
勝負にも遊びにもなってねえ。
実際には妹とは仲がいい方だと思う。
毎度のことながらコンタクトレンズがうまく外せないのだが(そもそも着けるの自体鏡を顔より上にして上向きながらでないとうまくいかないのだが)、ぐぐると出てくるように「まずレンズをずらして…」ってのは何とかなるとして、その後指を二本眼球に突っ込んではさんで外すと言うのがどうしてもうまくいかない。
つめが丸く指先を覆っていることに加え、あまり器用なたちではないので、指の腹と腹を合わせてつまもうとしても成功確率が低く、外れるころには目が痛んで真っ赤になる。仕方がないので基本的にはひたすら端へ端へと送って、レンズが引っかかって捲れるのを待つのだが、これもうまくいかないことがあり、違和感と痛みに四苦八苦する。
両眼外すのに10分以上と、大量の目薬を消費する。
個人的事情として、普段はメガネでOKだが、久しぶりに草サッカーを始めてしまったので、この時ばかりはメガネと言うわけにはいかない。
そこで、半円形のくぼみに粘着剤の付いた、コンタクト外し用綿棒みたいなのはないのだろうか?
http://anond.hatelabo.jp/20070529105309#
http://anond.hatelabo.jp/20070702220146#
■やっぱりさ、温情なんかやめて
悪は徹底的に叩くべきだ。中途半端な叩きかたするから癌細胞みたいに悪は増殖するんじゃん。遠慮もなにもしないで断固粉砕でいいじゃん。
「善も悪もそんなのは主観なんだからそんなのはない」っていう人は自らが悪に荷担している事を知れ。こういう偽善者こそ大嫌いだ。分かったフりなんてするんじゃねーよ。
http://anond.hatelabo.jp/20070719111334#
■転売がイケナイのって
今回のアニヤのバッグの場合、全然欲しくない人が転売の為にアニヤのバッグを買い占めて、他の欲しい人が買えなくなる事例が出ているのだけど。
その欲しくない人が転売の為に買って、高く売りつける行為は経済的な付加価値を生み出さないからイケナイんじゃないの?
けーざいがく的に転売がイケナイのってそういうことじゃないの?
http://anond.hatelabo.jp/20070731115229#
■
更生できなかったら無期懲役。
更生の見込みがなければ無期懲役。
本当に更生できるかは刑務所の中の人の頑張り次第。
人のやることに完璧はない、という問題であって、
http://anond.hatelabo.jp/20070724093345#
■http://anond.hatelabo.jp/20070723224418#
技術革新はユーザーに驚きをもたらさなくなった、ある一定以上の複雑さはユーザーの限界を超えた、ある一定以上の高画質はモニターと動体視力の限界を超えた。
この頃のユーザーは0から共に育ったユーザーとは打って変わってもう大分進んだ先からゲームに触れた世代だというのもある、もともと高画質の世界を見てきた世代だ、いまさらMOVEの華麗さに声を上げることは無い。
360やPS3をHD対応のTVやモニタに繋いでプレイしてみろ。
戻れないだろ…。
http://anond.hatelabo.jp/20070811131813#
表に出てきていない。
実際に、この機械を使って初期癌を消した人もおり
末期癌患者はこの機械を使っているときに痛みが取れる、と話していた。
何故その機械を知っているのかというと、私もその機械を実際に使ったことも、治療に当たったことのある人間の一人だからだ。
特許も取れているし、量産して全国配備すればどれだけの人が救えるのだろうか。
7並べのカードのように、出さずに手元に持っている人たちが居るという事態が、私は許せない。
自己利益を求めるのではなく、多くの人が救われるようになってもらいたいと心から望む。
http://anond.hatelabo.jp/20070814113827#
■「どんだけー」を使う人間はIQ80以下、SS40以下と言う定説。
http://anond.hatelabo.jp/20070814102023#
ひたすら勉強だ。
学生時代もそうだが、大人も勉強しなくてものらりくらり適当に生きることは出来る。お前みたいに。だけど少しでもよりよい生活を、よりよい仕事をしようと思ったら、ひたすら勉強。学生時代と違って、受動的な勉強じゃなく能動的な勉強をしなければいけないから、出来ない奴は落ちこぼれる。
http://anond.hatelabo.jp/20070820171302#
■http://anond.hatelabo.jp/20070820161916#
「サラリーマン」って、給与所得者が自分の処遇を愚痴るときに使われる決り文句のような気がする。
夕刊フジや夕刊ゲンダイの記事に、いかにもありそうなんだけど、
とか。
http://anond.hatelabo.jp/20070822082933#
■アルコール抜き
昨日はアルコールなし
一昨日は氷結350ml
だんだん普通の生活?にもっていけるのかな
http://anond.hatelabo.jp/20070822003934#
■http://anond.hatelabo.jp/20070821215228#
http://anond.hatelabo.jp/20070823005253#
■職種と生産性
職種と生産性に関する素朴な考え。
最初に自分の考えを言うと、現在の社会では、作業量に応じて線型に利益が上がる職種、作業量に応じてステップ関数的に利益が上がる職種、作業量に応じて指数関数的に利益が上がる職種の3種類があると思う。
作業量に応じて線型に利益が上がる職種としては、美容師、料理人、介護士、小売店員、工員、医師等がある。
これらは、人間の命に関わる職種(医師)意外は、人材が買い叩かれる傾向がある。平均レベルの従事者では他の人と取替え可能であり、それゆえ低い給料に甘んじることになる。しかし、取替え不可能な非常に高度な人材、つまり高級料理の料理人、有名建築家、有名華道家などは概して高給である。
作業量に応じてステップ関数的に利益が上がる職種としては、メーカーの技術職、システムエンジニア、営業職等がある。これらの職種の多くは、大卒を最低保証とする程度の一定の知的技能を必要とするが、特定の組織の中での部分的な利益を出し合うにすぎず、利益の幅は限定的である。
最後に、作業量に応じて指数関数的に利益が上がる職種として、金融、マーケティング、広告、商社、コンサル、経営者等がある。これらの職種は個人の決定が他業界にも波及し、結果的に指数関数的な影響を与えうる。たとえば、金融はグローバル化が進み、非常に流動的である。トレーディングを最適化すれば(実際には不可能だが)、作業にかかった時間の何乗ものレートで利益が生まれることになる。また、商社は日本を中心とした二国間での物の流れ決定する。その決定はさらに、最終製品から原料にいたるまでの複数の国間の物や金の流れにも影響し、それがさらに日本にも波及することになる。したがって、周辺ノード(国)への波及という点で指数関数的な利益を生み出す構図がある。
今後、経済はよりグローバル化し、市場におけるひとつひとつの判断が大きな影響を及ぼすことになる。このような中で、定型の仕事や、組織の中での限定的な影響しか持たない仕事ではなく、不確実性に対処し指数関数的な利益を生み出す代えのきかない人材が求められることになると思う。
http://anond.hatelabo.jp/20070823233243#
■何でも楽しいという友人
「数学と現代文はパズルだし、物理や化学や生物や地学なんてさ、物体や宇宙や、物体の動きとか、そんな宇宙の根本的なところの話で普通に知ることが楽しいし、倫理なんかも人間の根本的なことだから楽しいし役立つし、しかも過去の超天才、超有名人たちのエッセンスだけピックアップして体系化して知れるんだから倫理なんてマジで超お得じゃん!現代社会とか政経なんて普通に新聞読む時とか実生活に即役立つし、歴史なんて、俺らと同じ人間の今までのビッグニュースを集めたもんだし、しかもなんせ歴史はマジで起こった事なんだぜ、楽しいよ。理科も、架空の事じゃなくてマジで今のここにある物体の仕組みの事で、リアルありまくり。全部即役に立つじゃん。楽しいじゃん。古文も、日本に文字とか文章とかの文化が生まれてから今までの超有名作がピックアップされててマジ便利。楽しい。漢文もそうだよ。だから勉強って超楽しいよ。ついつい夜までやっちゃうんだ。やめようと思ってもなかなか「あとちょっと」とかいってやめらんなくてさー」
大体奴はそんなようなことを言っていて、周りの皆は「理解できねえ」と苦笑いしていた。俺も含めてだ。
そして奴は、東大へ行った。
知ることが楽しいのだという。
他人の、自分の知らない趣味の話なんかされても、たいていの人は「へー」「ふーん」で流すばかり、気付けば一人で盛り上がってて周りは苦笑、てなのが常だが、奴はどんなことでも目を輝かせて聞く。
たくさん聞きまくるから、話してるほうは愉快で、もっと話す。奴はもっと聞く。困った事がただ一つだけある。奴がその後、その分野について、初めに話した奴より詳しくなってしまうことだ。そうなると相手はちょっと、面白くないようだ。
「どんな事でも楽しいよ。そりゃ最初から全部楽しいわけじゃないけど、どんな事でも、世界に一人はそれを楽しいと感じてる人がいるわけじゃん。どんなマイナースポーツでも、どんなマイナーな趣味でもさ。それだったら俺も楽しめるなって思うんだよ。楽しんでるその人がどういうところで楽しんでるのかって思いながら楽しいんだって軽く思いこみながらやってるとそのうちマジで楽しくなってくるし、楽しさがわかってくる。どういう所を楽しいと感じているのかってのが。基礎知識をある程度詰め込めば、それなりになんでも楽しくなるよ」
「でもその基礎知識を詰め込む時点では面白くないわけだろ?」
「まぁ、その時点ではその事に対して面白くて仕方がないってわけじゃないよ。でも、未知のものを知っていくっていうのは、楽しいことだよ。例えばサッカーを全然知らなくて、サッカーについて知ろうとしてるとき、そのときはサッカー自体について楽しくて仕方がないってわけじゃないけど、全然知らなかった未知のものについて、おおまかでも概要を掴むっていう動作が楽しいんだよ」
「それ楽しいか?」
「楽しいよ。概要を掴むとか、体系化するとか、そういうことが俺大好きなんだよ。段々世界を把握できていく気がして、すっきりする。怖いのは、そういう事をしていって、ついに知ることがなくなったらどうしようって事だけど、でも今の時代そんな怖さは全くないから。無限にある。いつまでもある」
「そういうもんかなあ」
「うん。そんで、大体概要が分かると、細かい事も知りたくなってくるんだよ。あと、日常でも、今まで見えなかったことが見えてくる。これは比喩じゃなくて、さっきのサッカーのことでいえば、今まではネットでサッカー関連のニュースがあっても、たとえ目がそこに向いても実質見えていない状態だったりするわけなんだけど、それが、目に付くようになる。「あれ?サッカーの事ってこんなにやってたっけ?」って気付き始める。そうすると、また知るだろ。そんで、知ると、また知りたくなる」
言うまでも無く奴は非常に博識である。
だが奴自身はそんな風には思っていないようだ。
小学校の時、嫌な場所の掃除当番になったときも、奴は面白がっていた。
「どうとでも楽しみ方はあるよ」
「どこがだよ。つまんねーよこんなん」
「めっちゃがんばって綺麗にすれば、楽しいじゃん。今まで汚かったのに、俺らがめっちゃ綺麗にできたら、楽しいし、すごいじゃん。先生も褒めてくれるし、優等生気分じゃん」
「うーん」
「それか、時間でもいい。めっちゃ綺麗にしなくても、いかに早く、大体を終わらせるかってのを目標にしてもいい。早くする方法を考えるの、楽しいだろ?それに、早く終わると、楽しい」
「まあそれはそうだけど」
「一番楽しくないのは、楽しくないって思って、ダラダラやることだよ。それは全然面白くなんない。つまんないとか嫌なことは、つまんないとか嫌だって思って嫌そうにやると嫌なままだけど、開き直って、おっしゃ、やってやるって、目標立ててやると、結構面白いよ」
俺らはかつてないほどその場所を掃除した。ただし時間内には必ず終わるように。だからすっげー必死になってやんないと終わらないから、チャイムがなったら急いでその場所にいって、嫌だとか考える暇もなく、ただおりゃーって頑張ってやってた。手が汚れるから嫌だとか前は考えてたけど、やるって決めてからはんなこと考える暇もなくてただやりまくってた。そして気付いた。手が汚れたら洗えばいいんだと。めっちゃ綺麗になって、俺らは先生から帰りの会で褒められた。
http://anond.hatelabo.jp/20070824125319#
■http://anond.hatelabo.jp/20070823233243#
知的好奇心つながりで一つ自分の話を。
自分は東京の街並を眺めるのが好きです。
特に新宿の高層ビル群とか、東京タワーとかレインボーブリッジとかの巨大な建造物が。
ちょっと近づいて地上数十メートルの巨大な建造物、
その部品に使われる小さなネジ・・・
と、だんだん小さな部分に注意を向けていきます。
で、はたと気がつく。
今、自分の視界に入っている、凄く巨大なものから凄く小さなものまで、すべてどこかの誰かが作ったものなんですよ!
普通に考えると当たり前の事なんだけど、よくよく考えるとこれってもの凄い事だと思いません?
こういう視点で街やいろんなものを見てると、素直に「人間て凄いなぁ??」と感動してしまいます。
こんな風に街を見てる人って少ないのかなぁ。
http://anond.hatelabo.jp/20070829100649#
■格差と想像力
こういうことを書くと「偉そうに」と怒られるのかもしれないけど、ある意味TB先と同じ話だと思うので書いてみる。
http://anond.hatelabo.jp/20070826235204#
私は親には相当程度恵まれていたクチで、別に裕福ではなかったけれども教育費に事欠くようなことはなかったし、親の勧めで進学校に進み、世間的には一流と呼ばれる大学に進んだ。自分自身その当時の境遇には満足していたし、親も喜んでくれたし、ささやかな優越感を楽しむことも出来た。
大学は楽しかったが、私は特に大学の成績には興味が無かった。先輩の話を聞いていても、大学の成績が良かったからといって、それこそ総代にでもならない限りは大したメリットは無さそうだったし、なにより自分が興味をもてない科目をちゃんと勉強するほどの忍耐力は子供の頃から全く無い。自分の好きな科目だけはすべて優でそろえてそれで満足していた。
卒業して就職し、何年か経つと、周囲の友人たちの一部が留学を始めた。それまで自分が海外で暮らすとか、海外で勉強するなどということは想像の遥か外側にあったので、そういうことが可能なのかということ自体に結構驚いた。その当時はそれ以上考えが進むことは無かったのだが、仕事をしていくとその分野で日本が決定的に立ち遅れていることが見えてくる。これはちゃんと勉強しておかないと10年後に必ず行き詰るなと思ってアメリカ留学の準備を始めたのだが、ここで壁にぶち当たった。
アメリカの大学院はどこも学部時代の(場合によっては高校も含めて)成績を重視する。GPAで3.3(優と良が半々で少し良が多いくらい)は足切ラインであって、それ以下だと申込書を送ることすら出来ない場合もある。もちろん、実際に一流校で合格を決めるにはそれよりも遥かに高い、例えば3.9(ほとんど全部優)とかが求められる。GPAなんてものは存在も知らなかった私の成績は3.3を割り込んでいた。
もうひとつ重要なのが推薦状。アメリカの大学で博士号を取り、出来れば本人も世界的な業績をあげている人に推薦状を書いてもらうことが望ましい。残念ながらそんな人はほとんどうちの大学にはいなかった。というか、そういう先生がごろごろしているのは東大他数えるほどしかない。しかも推薦状は3通必要。私は推薦状のネームバリューを考えるどころか、3人の推薦人を揃えるだけでも精一杯だった。
それでもなんとかアプリケーションを書き上げ、会社に隠れてTOEFLの勉強をし(この時期の平均睡眠時間はちょっとやばいことになっていた)、会社に迷惑はかけられないので合否の結果が出る前に辞める宣言をして代わりの人材を自力で調達し、やることはやって合否の結果を待った。結果はほぼ全滅に近かった。中堅大にぎりぎり引っかかっていたのは運が良かったとしか言いようが無いが、その当時はその幸運に感謝する気にはなれなかった。
その後アメリカに行ってから、自分がアプリケーションを出した大学のうち結構な数が「世間的には難易度がそこまで高くないと思われているが、募集人数が少なかったりして実は非常に入りにくい大学」であったことを知った。比較的まともな大学で日本人を積極的に受け入れるところがあったこともその後知った。東大からハーバードみたいなところに進む連中は、学部生のうちから留学準備をしている先輩を毎年見ているわけで、この辺りの情報は常識であったらしい。まぁ、ハーバードだMITだのに進む学生はそもそも私などとは比べ物にならないほど優秀だったので、特に腹も立たなかったのだが。それでも、うちの大学でもGPA3.8位あれば学部によっては超一流大を狙えた事を知ったときは少し堪えた。
中堅大のハンディキャップは就職活動に現れる。ハーバード、MIT、スタンフォード、イェール、そしてプリンストン(分野によってトップ5の大学は変わってくるが)。これらの大学にやってくる求人広告とうちの大学に来るそれとはかなり明確に差が出てくる。イェールの友人にそれを愚痴ったら、「ハーバードとMITは特別扱いなんだ」と愚痴られた。
もし日本の大学に入った直後にこの辺りの事情を知っていたら、そして自分にもそういった「とんでもなくエリートっぽい」キャリアパスがあり得るのだと想像できていたら、自分の人生はもう少し楽になっていたと思う。情報なら幾らでもあった。世の中には留学ガイドがあふれていたし、掲示板にだって色々なことが書いてあった(その頃はまだインターネットは無かったわけだが)。本屋でちょっと手に取っていれば必要な情報の半分くらいは入手できただろう。でもそうしなかった。そんなこと想像も出来なかったのだからしょうがない。親も友人も、海外にまで出て行く人間などいなかった。就職先で留学する人間に出会わなければ、今でも想像できないだろう。
結局、人間は社会に縛られる。それはしょうがない。誰かが悪意を持って情報を隠しているわけでもない。多分こちらから聞きに行けば喜んで教えてくれただろう。でも私はそうしなかった。想像力が足りなかった。想像力が足りない自分が「悪い」わけじゃない。ただ運が悪かっただけだ。それでも、そういう運の良し悪しも含めて自分の人生なわけで、それを嘆いても始まらない。架空の「すべてをコントロールするエリート」をでっち上げて彼らのせいにしたって虚しいだけだ。
結局私は海外で就職して必死に働いている。多分また無意識のうちに別の「社会」に縛られているのだと思う。もう少し世の中が見える人からは遠回りしているように見えるのかもしれない。でも自分に出来るのは手持ちの知識と能力と時間のなかでベストな選択をすることだけ。今の自分に満足できないからって「格差社会が悪い」と大上段の議論をするより、自分の手持ちの駒の使い方を考えたほうがいい。
http://anond.hatelabo.jp/20070904222327#
■http://anond.hatelabo.jp/20070904214759#
増田とか2chとかうろうろしてるとやたらにクズな奴の話とかが出てきて、ついこの世はクズばかりかと錯覚してしまうのだが、これと同じで、単に「普通の人」とか「いい人」の話はあんまり皆書き込まないだけなんだよな。「え?なんでこの人たちこんなに類稀なクズばかりが周りにいんの?有り得ないだろ。ネタ?」(実際ネタもあるんだろーが)とか思っちゃうんだけど、そういう類稀なクズに出会ったからこそ書いてるわけで。リアルにいるときはそんな事忘れてるんだけど、ネット上ではついそうやって勘違いしてしまう。こんなクズたちに会ったことのない自分はめっちゃ幸せもんなのか?とか思ったりするけどそうじゃないんだよな。
http://anond.hatelabo.jp/20070904225227#
■そうね
クズに会う確率は誰でもそんなに変わらなくて、
書き込もうと思うかどうかのほうが人による気がする。
俺もうちの社長のこと何回書き込もうと思ったことか。
http://anond.hatelabo.jp/20070905094121#
■http://anond.hatelabo.jp/20070905015711#
自分、5桁代前半(1xxxx)だけど、その頃の事を言いたかった。当時は知らない人の所見て回って、ついた足跡から仲良しになるなんて日常茶飯事だった。
そんな雰囲気の事を言いたかったんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20070906151611#
■1000から2000字ていどの文章書いてと言われたら
俺がいつも念頭に置いている基本形(だが変形することの方が多い)
http://anond.hatelabo.jp/20070906150600#
- 思いつくネタを箇条書きにする→マインドマップでもよい
- オーソドックスな三段構成(はじめ・なか・おわり)で配列してみる→おそよの筋を見つける
- 筋に必要な話題を追加し、入れると構成が取りにくい話題を削除
- 箇条書きのネタを膨らませていく→実際の文章を書く
- 構成の再整理
追記:
もっと長い文章を書く場合、小見出しをつける癖をつけると良い。構成のとき、最初からおおざっぱな小見出しを書いていくというのも変形の一つ。話題のグルーピングがしやすい。
http://anond.hatelabo.jp/20070906153931#
■Re: 1000から2000字ていどの文章書いてと言われたら
http://anond.hatelabo.jp/20070906151611#
私が苦手なのは接続詞。「しかし」「したがって」「そして」「さらに」などなど。
これらがワンパターンになりがちで困る。気が付くと、重ねて使ってることが多々。そして、どうつなげるのか悩む。
なので、最近は、まず接続詞はなしで書く。どんどん切る。その後、つなげていく。すると、そもそも書くべき順番を間違えていることに気が付く。
でも、やっぱり苦手。