恋愛依存症で不倫ばかりのホステスの母と、ヤクザの父の元に生まれた。
ヤクザの父は、血が繋がっているわけではない。
それでも2人は、自分のことを愛してくれていたと、しっかりと思う。
具体的な虐待はなかった。
何かあれば話を聞いてくれたし、惜しみなくお金を使ってくれて、専門学校まで出してくれた。
2人には感謝している。なんの恨みもない。
父も怒らず、優しい人だった。
全身に入った和彫りの体を、これなあに?と聞く私に、
母はうつ病だった。そのせいか、まともな生活は送っていなかった。
テレビに出て来るような、天井までゴミが積まれているような家だった。
母はそのゴミの中で、ぼーっとして、たまに気を失うように倒れて眠っていた。
父はあまり家に帰ってこなかった。
2人はよくケンカをしていた。
家に帰ってこないのに、母の浮気を防止するために、何度も電話していた。
ひどい時は10分に1回、ヤクザとは存外暇なんだと小学生の時に思った。
なぜかはわからないし、どちらかというとネグレクトや虐待扱いに近いと客観的には思う。
でも、愛されていた。そう頭は記憶していて、心でも思っている。
そんな両親は離婚や別居を繰り返し、60近い今なぜか円満に仲良くよりを戻している。
学歴もないけれど、なんだかんだ自営業で人並みの生活を送れている。
できないというのは、したいのにできないのではなく、不可能という意味でのできないだ。
人に、自宅が散らかっていたり、ゴミやホコリがある状態を見せることに抵抗がある。
人前で、トイレに行けない。
アイロンを掛けてない服を着ることができない。
市販品のパッケージを視界に入れたくないので、全て剥がすか、別容器に移す。
そういう生活が、恋人含め他人に乱されることが怖くて仕方がない。
恋人は何も悪くない。
神経質すぎる自分が全て悪い。
こうなったのは幼少期のゴミ屋敷のせいなんだと思う。
でもそう思ってしまうのは、母や父を恨むことと同義な気がして、できない。
夜ベッドで、寝入るぼやけた頭の中で、夏場、小学生の自分の足を伝って動くゴキブリの姿が浮かぶ。
私は確かに、母と父に愛されていた。
それでも、あの当時の様々ななにかが、私の中から、消えない。