大阪に住んでいる彼女に会うため近鉄に乗り込んだが発車してすぐ間違えて京都行きの電車に乗り込んだことに気づく。
大阪の隣、京都の下にあるため奈良は電車一本で両方に行けるが確認するのがめんどくさい僕は急行の表示だけ見てすぐに反対方向の電車に間違えて乗ってしまった。
家を出るときも最寄りのバス停の時刻表を確認せず出たもんだからバス停で無駄に待った。奈良のバスは20分に一本しか無いのだ。
奈良から京都行きに乗るとイオンや古めかしい名前の高校を過ぎた後は田んぼが続く。田んぼの中にポツンと家があって止まってるトラックなども目につく。他県の人が京都と聞いて思い浮かぶのは寺社仏閣や舞妓の華やかなイメージだけど奈良県民からすると奈良の風景とそう変わらない。この傍流の風景こそ京都のイメージなのだ。
僕は地方の高校を出て大学に進学したけど就職活動を真面目にやらず卒業して無職になった。その後資格を取って就職したけどこの仕事でもあまり熱心に取り組まないので職場の評価も芳しく無い。
大学の同期や後輩も似たような者で、卒業してしばらくして就職したような連中が多い。まじめに就活した顔見知りなんかは地方大手や中小でも堅実な会社に内定をもらってはやくにけっこんして家を建てている。
大学を卒業してそのまま就職、結婚と順風に生活をしている人は電車を乗り間違えたりしないんだろう。最寄りのバス停に行くときも前日の夜くらいに時刻表を確認して家を出る時間も確認するし、資格があるのに地方から奈良に移り住んだりしない。そんな人生の遠回りをしないんじゃないかな。
就職活動でもエントリーシート受付開始日に出せるような人はとてもすごいと思う。一社じゃない。少なくとも10社くらいの企業にエントリシートを受付開始日にはもう出してるような計画性があるからいい企業に内定をもらえる。そんな人は就活でも仕事でもプライベートでも事前に時刻表を見て行動できる人なのだ。彼らは決してワーキングプアーやフリーターにはならない。社会のメインストリームとして働き家を建て生活を送る。冴えない生活を送る傍流には落ちてこない。
そんなことをつらつら思いながら仕方なく傍流を流れる僕は大阪行きの電車に乗り直している。
近鉄はよく揺れる。