弁護士は、頭を抱えていた。何か厄介な出来事に巻き込まれているのではないか。
その弁護士は、とあるテーマパークの顧問弁護士をしていた。そのテーマパークで労災が起こった。着ぐるみの中の人が怪我をしたというのだ。それ自体は、特に何もおかしなことではない。けれど、テーマパークの幹部は言う。
「あれは着ぐるみではないので、中の人なんていないんですがねぇ……」
「今はそういう話をするときじゃないでしょう。企業イメージが傷つかないようには、できるだけ配慮します」と先生は答える。
「それが先生、本当に着ぐるみじゃないんです。確かに一部は着ぐるみキャラを出演させているのは事実です。しかし、今回の災害の被災者が入っていた、と主張しているキャラについては、着ぐるみではないんです」
「現場に確認しましたか? もしかしたら、最近は着ぐるみも導入されたのかもしれませんし、被災者はあまりキャラクターに詳しくなかったのかもしれません。勤怠の記録、何をしていたかの聞き取りなどが必要です。直属の上司が嘘をついている可能性も考えて、いっしょに働いている人を一人ずつ呼んで話を伺うべきです」
「既にそれはやっています。けれど、上司も同僚も、被災者のことはキャストとして認識しているが、何をしていたかは思い出せない。そして、そのキャラクターについては着ぐるみは存在せず、よって、その着ぐるみ担当も存在しない。残っている記録も調べましたが、確かに出勤はしているものの、何らかの着ぐるみに入っている可能性が高く、何の着ぐるみかははっきりしない。そして、ここ数ヶ月の他のキャストの仕事についても調べたら、すべての着ぐるみについて、いつ誰が着ているのかはっきりしました。他の着ぐるみに入っている可能性は考えにくく、存在しないはずの着ぐるみを着ているとしか考えられない」
「存在しないはずの着ぐるみが存在しないことも確認したのですよね?」
「もちろんです。帳簿も確認しましたし、聞き取りもしましたし、現物も確認しました。存在しないことの証明は不可能ですが、あるとは考えにくいです」
「被災者が着ぐるみ業務をしていることは、何人ものキャストからの目撃証言があり、そういった可能性は考えにくいです。けれど、何の着ぐるみに入っていたかについては誰も覚えておらず、問題となっている着ぐるみについては、決してそれはない、と全員が答えています」
「……よく分からないですが。仕事をサボっていた証拠を掴むか、そういう着ぐるみがあって、その業務についていて、そこで被災した、という話で進めるかどちらかしかないように思います。『その着ぐるみは存在しない。何の着ぐるみに入っていたのか把握していない』ではあまりにも心証が悪い」
その奇妙な事件からしばらくして。顧問弁護士をしている、別の団体から労災の連絡があった。
「xx動物園 法務部です。飼育員が労災に遭ったんですが。それが、パンダの着ぐるみを着て笹を食べていたら、笹が倒れてきて腕が骨折したとのことで……」
「そこなんですよ、先生。そんなものあるわけないでしょう…… ましてや、パンダの檻の中で着ぐるみが笹を食べるなんて有り得ませんよ……」