まず、出発点となるのは契約の自由だ。契約の自由があるので、原則として価格設定は当事者同士できめてよい。それの例外となるほど、無償で仕事をするのは悪いことか、ということが問題になる。
まず、公正取引法で不当廉売(正当な理由なく原価より低い価格で販売すること)は禁止されている。不当廉売が禁止されているのは、それが長期的に維持不可能だからだ。
もともとのきっかけはアメリカのスタンダードオイルの行動による。以前、町に数えるほどしかガソリンスタンドがなかった時代のこと。全米ネットワークを持つスタンダードオイルは、ある街に、原価割れの激安価格で攻勢をかけた。スタンダードオイルは全米のネットワークを持つので、その街での赤字にも耐えられたが、地元のガソリンスタンドは、原価割れの価格に耐えきれずみな倒産した。そうなると、その街の消費者はスタンダードオイルで買うしかないので、スタンダードオイルが相場より高い値段を設定しても、払わざるを得ない。これを様々な街で続けることで、スタンダードオイルは強力な独占力を持ち、大きな利益を上げた。
ライバルつぶしのための不当廉売は、長期的に消費者に悪影響をおよぼす。ただ、大阪での無料デザイナー依頼など、ネットで話題になっている事例は、ライバルをつぶしてそのあと高値をぼったくってやろう、という意図のもとにやられているものとは思えない。他のクライアントでも使えるような実績を作るため、最初は安く請ける、というのは契約自由の範囲内で、公正取引法で規制されるべき筋合いの話ではない。
無償で仕事をするのは、「相場を下げる」からしてはならない、という議論が、デザイナーなどを中心にみられる。これは、中世のギルドなどで見られる議論で、契約の自由や職業選択の自由がある現代では通用しない。無償で仕事をすることで、デザイナーのクオリティが下がり、最終的に社会のデザインの質が下がったとしても、そのこと自体を否定する根拠はない。社会は移り変わるもので、デザインのクオリティも移り変わるべきものだ。もし、デザイナー団体が価格規制をしたら、談合と呼ばれ公正取引法違反になる。