2013-07-18

就職活動大事なこと

最近また就職活動に関して書かれたものを見るようになったので何となく書いとく。

で、自分自分なりの経験と周りの言ってることを合わせて色々と重要なことがあるのでそのへんを。

まず、強調してもしきれないところがあるので書いとくけどさ

諦めない

これ。

いや本当なんかもうちょっとこれ頭に叩きこまなきゃいかん。日本新卒採用至上主義だから日本新卒採用至上主義だから

もうね。もしわからないんなら、新卒でこぼれたらどうなるかの末路を今すぐここを離れてGoogleで調べてみるべきだ。就職活動自体がクソみたいなゲーム?そうだ。その指摘自体は正しいかもしれない。だが残念な事実だけれど、その指摘をしたところでその残念なゲームを避けながらあなた人生をより良くする方法は残念ながらないみたいだ。なので、もしそれを強く思うのであれば、なおさら、そのゲームでよいスコアを残し、よい職についてまともな社会的地位を得た上で、もう一度それを訴えながら社会に影響をあたえることを試みるべきだ。

さて、長くなったけれど、この点はおさえていてほしい。それでも諦めたくなることがある?そうかもしれない。実際就職活動はとても不条理ゲームだ。努力を行ったところでスコアが上がる程度はおそらく知れているし、元々そのゲームスコア自体がほとんど運に任されている。実際に就職活動を終えた人の声を聞いてみたらいい。あれはほとんど運だった、とみんな口を揃えて言うはずだ。一部にとんでもないハイスコアを残す人がいるだろう。でもおそらくそういった人は、トップクラス学歴だったり、帰国子女だったり、体育会で実績を残していたりなどなど、可視化されたわかりやすシグナルがあるに過ぎない。そういったものを持たないほとんどの人達にとって、やはりこのゲームは運にまかせることになる。

では何が言いたいのかというと、これはもう、結果出すには数当たるしかないってことなんだよ。単純に打席×打率で成績が決まる。で、打率の部分は自分能力値にとんでもなく秀でたもの(又は極端なマイナスポイント)が無い限り、大差ないことになる。

のでひたすら打席数を増やすしか無い。ここで重要なのは、もうひたすら運であると、完全に割りきって、自分が否定された感覚を持ち過ぎないことだ。自分経験があるのでとても理解できる。お祈り、なんてものはなんだか全人格を否定されているような気分になるものだけれど、そうじゃない。採用の枠が決まっていて、例えば10人の枠に100人が応募しているとする、そうならば自分がその10人に入る確率は単純に10分の1なんだよね。そこに特別にアピールできるものが無い中で挑めばそれはもちろん確率ゲームとして打率は一割だ。けれども感情が生じる。自分は否定された、自分には価値がない、だとか。そうではない、単純にそういうゲームなのだから、静かに音楽が流れる椅子取りゲームタイミング悪く、音楽の鳴り止んだ時に自分の目の前には椅子がなかったと受け止めればいいんだ。

なんかもうちょっと色々書きたいことがあったけども、このことはほんとうに紛れも無い真実から。なんだかんだそのとき大変でも続けてれば気づいたらどうにでもなってたりするから、がんばってください、ほんと。

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