普通の会社ばっかり行ってて、今回のように10時始業は初めてだった。
8時に起きても、味噌汁をゆったり飲んで出勤できる余裕はあるし、
電車は座れないが、参考書開いていても舌打ちはされない程度には空いてる。
帰りに夕焼け空を眺めるには微妙な時間だが、空が青い内に会社を出ると
きょどる社畜体質なので問題なし。家には誰も待たせてないから気軽だった。
だが、そんな生活を続けてるうちにストレス性の聴覚障害を負ってしまった。
もっぱら通院中だ。仕事はいつものごとく、クソみたいにつまらない。
プロジェクトのメンバーとは旧知の方もいて、仕事に支障をきたさない程度にぼっちだ。
これもいつものこと。
なのに午後の時間が死ぬ程辛い。それがとてもストレスになっていた。
その理由は何だろう?くちくなった三段腹を抱えてトイレに篭ってお通じを念じていたとき、
隣から派手に聞こえてきたいびきに、昼休みのタイミングが原因じゃないかと思い当たった。
定時に運良く上がれた時ですら6時間15分という時間を、まとまった休憩を取ることも出来ず
ただただ耐えなければいけないことを意味する。
午前中はお遊びみたいなものだ。全体の朝礼で夜露死苦申し上げて、
チームで進捗を確認して、メールをチェックして、自分の作業を確認して……
後なにか入ってくるASAPな要件を一つこなせば、もう昼休みだ。
そして、私は週二で通う二郎に速攻で並び、野菜ダブルにんにくからめの小ぶたを平らげた後
残り二十分を、うおー食った食ったとはてブを流しながら満腹感に浸り、地球の長い長い午後を迎える。
……休憩になっていなかった。そんな状態で午後に耐えられるはずもない。
五時間くらいなら、この致死的退屈症にも耐えられるのだ。
だが、六時間、これは辛い。
私の場合は五だ。今分かった。
仕事がいつものようにクソなのは、派遣という身分と私という人格その他諸々を
合成した結果だが、その仕事を波風立たずにやり過ごすため、
仕事が終わる、と。その心の構え方は間違っていたのかもしれない。
時間は残酷だ。進みたいときに進まず、進ませたくないときに勝手に進んでいく。
そして引っ張っても元には戻せない。