その日、自宅に帰ってきて部屋に入った俺は妙な感覚に襲われた。
空気が一瞬振動したというか、景色がすっと退いたというか、とにかく「何かが動いた」気配がしたのだ。
不思議に思ったが、その後は何も変化は無く、疲れているせいだと思い、早めに床についた。
次の日の朝、習慣でニュースサイト巡りを始めた俺は、口にくわえた歯ブラシをポトリと落とした。
記事のタイトルはこうだ。「埼玉県在住の男性(30)が個人情報を全世界に向けて大公開www」
慌てて中身を読んだ俺の顔は、赤くなったり青くなったり白くなったりしていたと思う。
そこに書かれているのは、まさしく「個人情報」だった。
2ch のスレッドの >>1 にあたる人物は、俺の本名を名乗り、
本人の証拠として、俺の財布に入っているはずの免許証のスキャン画像をアップロードし、
内緒にしているロリータ趣味を暴露し、PCの奥深くに隠された秘蔵のおかず画像やブックマークを晒し、
住所、電話番号、家族親類、友人関係、卒業した学校、クレジットカードの番号、全てを漏らさず書き込んでいた。
対して「いいぞもっとやれ」「ロリ乙www」「変態だー!」などの、完全に他人事なレスが付けられていた。
その日から俺のもとには、「なぜあんな馬鹿な事をした」と責める親類からの電話と
「○○さんですか」「取材受けてくださいよー」と遠慮無くインターフォンを鳴らす記者、テレビクルー。
果てには、個人情報の漏洩について賠償金を求める友人からの内容証明郵便が届いたりした。
俺は会社を休んで部屋の隅っこでガタガタ震えていたし、テレビもネットも現実も全てが恐ろしかった。
事件から二週間が経ち、恐る恐る郵便受けから回収した新聞を読んだ。そして、真相を知る。
今までメディアをシャットアウトしていたため、全く知らなかったのだが、
あれから、俺と同じように個人情報を撒き散らす人物が世界中で続出していたというのだ。
事態を重く見た政府と警察は、被害者(そう、新聞には“被害者”と記されていた)の部屋の調査を開始。
「脆弱性」だと。
なんでも、「現実世界にクロスサイトスクリプティングが可能な脆弱性」があったそうだ。
発想がおもしろい。 意図しない行動をさせるトリガーが部屋に混入されていたのがXSSに該当するのね。 攻撃者に権限を悪用されて本人の意図しない処理を実行させられてたとしたら、XSR...