フクマの存在は市役所の人間たちも知るところであったが、草の根から花が咲こうとしているのなら穏やかではいられない。
「市長、近隣でフクマという人物が、演説をしているのはご存知ですね? 彼が、次の市長は自分がなると宣言しました」
「え? 何ですか、それ」
学校の委員会みたく「やりたいという人間がいるのだからそいつにやらせよう」というノリで決まったのが今の市長なのである。
他に市長をやりたがる者が誰一人いなかったため、これまで必然的になっていたに過ぎない。
「この町の掟らしいです。立候補者が出た以上、しっかり選挙戦をしなければなりません」
「それで……私は一体どうすればいいのでしょう?」
「……投票の期日までに、何かやれることをやりましょう」
こうして俺たちの町は、久々に市長を選挙で決めることになったんだ。
前半戦は、フクマが大きく有利といえた。
『現市長は無能です。例えば『超絶平等』。社会における平等という概念を拡大解釈し、無理やり人々の足並みを揃わせるという無意味な政策でした』
「そうだ、そうだ!」
今まで市長がやってきたヘマを挙げて、彼が如何に市のトップとして不適格かということを述べていくのである。
やや悪意と脚色の混じる主張ではあったが大本は事実なため、市長に対して不満のある人たちの心根をくすぐった。
対して、市長も自身の理念を語っていくが民衆からの評価は芳しくなかった。
「ざけんな! あんたの言ってる“差別のない社会”ってのは、普通に歩ける人間に松葉杖をつかせることだろうが!」
演説の内容は彼が普段からやっていることの延長線上でしかなく、逆にフクマの市長批判を裏付けるものにすらなっていた。
更に市長には選挙戦のノウハウもなく、周りに適格なアドバイザーも存在しないという状態。
それはフクマも同様だったが、市長のこれまでのマイナスイメージが大きなハンディキャップとなっていたんだ。
市長側が選挙活動で何をすればいいか右往左往している間に、フクマはどんどんリードを奪っていった。
「むぅ、フクマという人物。富裕層でもないのに何であそこまで活動資金があるんでしょう」
「どうやら支持者が彼に投げ銭しているようですね」
「そんな金あるなら、税金ちゃんと払ってくれればいいのに……」
そんな事態を一市民の俺はどう見ていたかというと、漫然と澄ました顔で見ていた。
明け透けに言うなら、政治のことがよく分からないのでどうでもよかったんだ。
この町の歴史の1ページに載るであろう出来事だとは思うんだが、選挙ってものにイマイチ関心がもてない。
総体的に見て一人一人の一票や、それに対する意識が大事というのを理屈の上では分かってるんだが、どうにもピンとこなかったんだ。
ちなみに投票権のない弟はというと、圧倒的にフクマ支持者だった。
「だって市長の『親免許制度』のせいで、俺たち家族は数ヶ月間バラバラだったんだよ。市長に投票なんて有り得ないね。兄貴だってそうだろ?」
「まあ、それはそうなんだがな……」
フクマの言うことには頷く部分も多いが、それが彼を支持する理由にはならない。
弟は政治の理解度がメロス並だったので、その分別ができないのだろう。
だけどずっと感情的になっていても仕方がないだろう。
政治のことばかり考えていれば生きていけるわけじゃない。
市長が誰になったところで日々の勉強が捗るわけでも、シーズン毎の休みが増えるわけでもない。
食べる飯の味は変わらないし、バイトは楽しくないままだ。
秤に乗せるまでもなく、俺の日常にそれを思考する余地はないといえる。
だから俺はごく個人的かつ意識の低い理由で、投票する権利を放棄するという権利を行使するつもりだった。
特定の役割というものは、特定の人たちから嫌われやすいものだ。 弁護士、編集、警察(サツ)、教師…… 俺の場合は市長がそれにあたる。 市長は俺が物心ついた頃から同じ奴がや...
≪ 前 今回の選挙戦を冷めた目で見ていたのは俺だけじゃなかった。 例えば近所の喫茶店、常連のタケモトさんやセンセイがそうだ。 二人はそれぞれ愛用の銘柄を吹かしながら、どち...
≪ 前 「市長が『外来生物保護法』を考えたのか?」 「え、どうしたの、兄貴」 「忘れたのか。ウチで飼ってるキトゥンは外来種だぞ」 「……ああっ、そうだった!」 キトゥンはジ...
≪ 前 その日の夕方頃、俺とウサクは近所の居酒屋に赴いた。 「ここは市長がお忍びで利用する、行きつけの店だ」 「そういうのってマスメディア向けのリップサービスだろ?」 「...
≪ 前 「……分かりました。話を聞かせてください」 「では移動しながら説明しよう」 こうしてウサク指導の下、市長の本格的な選挙活動が始まった。 「箱いっぱいの票のため」 歌...
≪ 前 そうして数日が経った。 「技は覚えてきたか?」 「エンドウ、タマゴ、シラスもどきは出来るようになりました。あと、月歩と無重力も一応」 「まあ、よかろう」 ウサク流選...
≪ 前 ウサク曰く「票が欲しけりゃ媚を売れ。媚びは売っても賄賂にならぬ」 東に単純な子供がいれば、行って芸を見せてやる。 西に意識の高い若者がいれば、行ってハッとさせてや...