2016-03-15

保育園少子高齢化問題、なぜ産めと強要されるのか

少子高齢化問題

これはもう既に一般に広く認知された問題人口全体に占める子供割合が低下し高齢者割合高まることで、様々な社会現象引き起こしているのは周知の通り。
今や高齢者予備軍を含めた50歳以上の人口が5割を超え、社会保障費が国の歳出で大きな割合を占めている。


人口が多い分どうしても政策高齢者優遇にならざるをえない。
数の理論有権者の数からも)からすれば当然である新生児は数の点で弱者である。
昨今話題保育園に始まる諸問題も、数の弱者でありかつ数年我慢すれば当事者当事者でなくなることが大きな要因となって
今まで余り多くの声が政権に届くことはなかった。(届いていても優先されてこなかった)


なので個人的には昨今の保育園問題話題になっているのは歓迎している。
数の弱者が救われるためには、世の中の倫理感による救済しか無いからだ。
(もしくは正しく世代を超えた投資新生児にしようという気運の高まりによる救済もある)


ところで、数の問題という点で少子高齢化問題最初に上げたが、本当に本質理解している人がどれだけいるかは気になっている。
少子高齢化問題の解決方法を問うと皆口をそろえて「出生数をあげろ」という。
新生児が増えても生産労働人口が増え社会を支えるようになるまでは15年のタイムラグが有る。
もちろん、生産労働人口が増える以上に老人が減ればよいのだが、長寿化や国の手厚い保護によりなかなかそうはならないだろう。


少子高齢化問題は言い換えると「老人より子供が"相対的に"少なくなること」であり、つまるところバランスである。
つまりシーソーゲームであり、片方に新生児が、片方に高齢者が乗っている状態である。


そのバランスを整える際に「出生数を上げろ(要するに産めと強要される)」という考え方にあまり偏重がある。
これが単純なシーソーゲームなら、多い方を減らせばいいという考え方が発生するのは自然のはずである。


もちろん、皮肉なことに、倫理観により増えた高齢者を減らす(殺処分する)ことができないから法律的にも)、というのがまっとうな答えだが本当にそうなのだろうか?
社会バランスを考えた時に、増えすぎた高齢者を養い続けることが果たして倫理観として正しいのだろうか。
無理やり生かされる高齢者のことを本当に思っているのだろうか。
増えすぎた高齢者という負債を負わされる何も知らない子どもたちのことを本当に思っているのだろうか。
未来にために子供を作ろうという貴重な夫婦のことを本当に思っているのだろうか。
甚だ疑問である事なかれ主義国民性もあるので、そうなるのは仕方ない。
しかし、今本当に高齢者に生きろと言い続ける社会倫理観からも正常なのか?
これを今一度問う必要があるのではないだろうか。


日本には安楽死が認められていない。
子供や孫に、迷惑を掛けたくなくても自ら死を合法的にかつ経済的合理性を維持した状態で(誰にも迷惑をかけることのない方法を)選択することが、今の日本ではできない。
だから増え続けた高齢者は、子供や孫の世代負債を残し続けることを強要される。


夫婦世代子供を生むことを強要される以上に、高齢者社会に対して負債を残し続けることを社会から強要されている。


今一度問う。
果たしてこれが、倫理的に、社会全体の幸福のためになっているのだろうか、と。


ここから個人的な考えになるが、やはり増えすぎた高齢者間引く事が可能な、間引かれることを自ら高齢者が選択できるような制度必要だと思う。
具体的にはどうするか、だが、下記の2点を法で認めるだけで良いと考えている。
  1. 医師による安楽死許可 (合法であることを国が確実に保証する)
  2. 安楽死を選んだ老人の資産相続される際、限度額無しの免税を実施


もちろんこれを悪用しようと考える人は少なからず出てくるだろう。
その抑止力として、医師による安楽死以外の安楽死には殺人罪を今までどおり適応すればよいだろう。


免税にした理由は、新たな生産労働人口世代に対し高齢者が多く所有する資産を移動させるためである。
新たな資本を得ることで、生産労働人口世代子供を産みやすくするためである。
(もちろんこの免税自体に産めという強要が少なから存在する)


一方で減らし、一方で増やす、これを推進することで社会人口バランスを素早く調整できるのではないかという考えである。
バラマキには限界がある。個人の利益に訴求するこの方法が認められれば、より早くより短い期間で少子高齢化問題は解決し、
さらにその先も高齢者を減らしていくためのバイアスが個人レベルでかかるため、日本は再度経済復興できるだろう。


自ら死を選べない高齢者に救済を、無理やり生かされる以外の方法があっても良いのではないかと考える時期が目の前に来ている。
次の世代により多くを残せる方法自分は選びたい。

(この文章は64になる筆者が昼食の20分をつかって書かれた)

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