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はてなキーワード: 儒教とは

2009-01-17

毒親といふもの、 (と自己責任論)

中学校2年まで、母親近親相姦(軽度)されていた。俺はノンケな男。

母親虐待されて育った

・父は育児不参加、家は母親独裁政治

・小5から高1入学まで、周りに日本人がいない英語圏に放り込まれてたこともあって、母親のいっていることは特に疑わずに信じていた。

日本高校に入った。 

・最初は摩擦がすごかった。カルチャーショックかと思ったけど、母親に都合よくゆがめられていた世界解釈がおかしいということだったんだろう。

母親メンヘラなんだとわかった。

母親によって作られた人格母親のit、マリオネットにしかならないことがわかった。

母親信仰する、母親による、母親のための、家庭内宗教。 そんな感じ。

・なにかがおかしいとはカルチャーショックとして捉えられてはいた。

母親に育てられた人格は到底役に立たないばかりか、僕を原理主義的な行動原理に拘束する有害なものだととらえるようになった。

だから人格を作り直すことにした。 徹底的におかしいところを列挙して槍玉に挙げてもらうようにする。

たとえば高校では母親を騙して寮にはいった。「勉強したいから」という口実にした。

内心、母親原理教から抜け出すことは、勉強以上のプライオリティだった。

自分で、自分が再洗脳されるようにする。  毒をもって毒を制し、その上に健全人格を作る。

旧人格を徹底的に潰す。 「殺す」といってもいい。

・・・・この計画は成功した。僕はもう、毒親のマリオネットではない。

・・・ただ、「毒親」が理由になっていることを認識すること、言語化してそれを捕らえることは一番難しい課題だった。

僕は母親が気に食わないであろうことをすることを本能的に恐れてる。 言語化しようとしても、怖くて怖くてたまらない。

だからいつも、別の口実をつくってきた。

カルチャーショックだから」「うつで記憶喪失になったから」

旧人格を壊してる間のダメージは相当なものだった。 2年で、35キロやせた。

その間は勉強はまったくできなかった。 ・・・そのときは、自分内面的な課題に向き合うのに精魂を使い切っていた。

外界に、他人に、向けるエネルギーは残っていなかった。

うつ病なのかと思った。  抑うつではあるけど、うつ病かははっきりしなかった。

ふとした理由で、「毒になる親」という本に出会った。  ありがとうはてな

それまでは、もっともらしい理由を見つけないといけなかった。

母親性的なあれこれや、盛大に釣られて手のひら返してもてあそばれたりしたことが、今の僕を苦しめているのだと立証するすべがない以上、それを口実にはできなかった。

「毒になる親」にはチェックリストがあった。 ほぼ全部YESになってしまって、うれしかった。

これで、僕が抱えてる問題を他人に知ってもらうことができる、と。

・・・・他人に知ってもらう。 信頼関係を築く。

この本を使えばできるかもしれない。 涙が出るほどうれしかった。

少なくとも、親との問題を言語化する糸口が見つかったように思えた。

この本曰く、「常に親の都合やニーズ子供のそれより優先する自己中心的人間で、愛情というものが決定的に欠けている」ことは、欧米では虐待とみなされるらしい。 20年以上前から。

一方、日本では専門家ですらこの「毒親」に抵抗を示す人が少なくないらしい。 この本の訳者あとがきが正しければ、日本虐待への認知にかけては後進国らしい。


・・・僕は喜怒哀楽の一部が欠けてる。

喜ぶこと、自分を表現すること、リラックスすること、素の自分を他人にさらすことがどうしてもできなかった。

「公私」の「私」がなかった。   ・・・マネはしてたけど。

・・・いつもいいようのない虚無感と、フラストレーションと、恐怖感に襲われていた。 

それは家庭で、母親にも父親にも、怖がること、従うこと、イェスマンになること以外のことをしてこなかったからなのかもしれない。

・・・昨日初めて親しい友達に、「毒親」を中心とする僕の問題を打ち明けた。

辛辣に、でも真剣に、聞いてくれた。

・・・友達って、顔色を伺って普通を演じるだけの関係ではなかった。

・・・一般概念的にそうだと認識できていたけど、自分の身でそれが起こるなんて。

初めて、人間と話したような気分だった。





・・・・夜明けは来るだろうか。

・・・自分子供には、「ふつう」になってほしい。 代々続いた虐待の連鎖は僕が断ち切る。

健全精神価値は、身にしみてわかった。

・・・・僕ができることをしっかり検証して、これから自分人格を取り戻していこうと思う。

◆追記

そういえばはてなは「自己責任」がホットな話題だったな。

この本のいっていることをいえば、「育てられ方が悪かったことに関しては、子供は一切責任を負わない。」

親のせいにできることもある。

それは、心のケアを怠ったことも含む。 虐待というのは、アザが残るような暴力に限らない。

ただし、「真実に向き合い、精神的に独立した人間になり、親が自分にしたことを他人にしないように身を律すること/健全な対人関係を築くこと」は自分でやれ、といってる。

そして「適切にサポートし援助してくれる人を見つけること」。 こういうことが、この本の12章に書いてある。(青い表紙の文庫版のほうで確認)

日本にはおそらく、毒親によって潰されている人がたくさんいると思う。  僕の先輩はその典型だった。

日本は・・特に儒教の影響もあって、立場が強い人に対して矛先が向けられることがあまりない。

つまり、親に問題があるなんて言論は社会的に避けられやすい。

欠陥育児の非を「自己責任」という論説で子供押し付けるのは、日本限界なんだとおもう。

大切なのは、育児子供に何を残したかだ。 親の意思、意図愛情とはまったく関係なく、親は毒親たり得る。

有害な善意ほど恐ろしいものはないっていうしね。


子供側は、自分潜在意識にたまってるかもしれないフラストレーションに向き合えばいいとおもう。 それはとても恐ろしくて、心が折れそうになることだけど。

まず、本人が親に立ち向かう決心をしなければいけない。

なんでもかんでも親のせいにしろというわけではない。

育児」には良し悪しがある。 それによって責任の所在が左右される。

自己責任論で苦しんでる人は、一度自分自分過去に向き合ってみたらどうだろう。

この本を持ち上げすぎてる気はするけど、僕は問題を言語化する取っ掛かりを作るのに

http://www.amazon.co.jp/dp/4062565587

この本が役立った。 お勧めしておく。


◆追記その2

コメントがたくさん・・・・ ありがとうございます;;

読みやすくなるようにちょっと補足いれてみた。

書籍について。

「不幸にする親」という姉妹本を読んでみた。 こちらの方がチェックリストが多いし、うまく整理されているように感じた。

http://www.amazon.co.jp/dp/4062144484

どんなものかを理解するには「毒になる親」がいいと思うけど、抱えている問題を言語化するツールにするにはこちらの方が便利だと思う。

みんな、健やかに生きれるようになったらいい。 そう思った。



後日談(随時追加する予定)

○毒親のいとおもしろし国語力測定 (前編)

http://anond.hatelabo.jp/20090118194006

コメントもらって元気が出たので文体が変わっています。

2009-01-03

逆かならずも真ならず

キリスト教自分がしてほしい事を他人にしましょう

儒教自分がされたくない事を他人にしてはいけません

と聞いたことがある

http://anond.hatelabo.jp/20090103044149

間違いだらけの世界宗教

ユダヤ教

アダムの股間がイチジクの葉で隠れていたから激怒した

・「オタクが嫌いなYHWです。特に女オタクが嫌いです。なんでそんなにホモが好きなんですか。」みたいな理由で街を滅ぼした。

・「浮気したら地獄に落とすから」

・意地悪か天然か、道案内して数十年さまよわせる

・「ほら、私写真写り悪いから。像とか作らないでね。」

・豚が嫌い、だって私のご飯食べたから

・牛が嫌い、だってみんなが私を牛と勘違いしたから

キリスト教

・「私が新世界の神になる」

・「右の頬を打ったら左の頬も打ちたくなった。」

・「ご飯食べるのも良いけど私の話も聞いてね。」

イスラム教

お酒を飲む人は嫌い

・でも、女ったらしや浮気性には結構おおらか

・無利子でお金を貸すよ!

ユダヤ教の影響で豚がダメ

神道

・おおらか

・仏に軒下を貸したら母屋を取られた

・でも、すぐ慣れてそのまま一緒に暮らした

・でも一回キレた

・そしたら今度はキリスト教に怒られた

ヒンドゥー教

・「いーい?私の方が偉いんだから」

・「一発は一発だからね」

・「また生まれ変わっても……」

仏教

マゾ

道教

・煙が好き

・薬が好き

空も飛べるはず

・ラリってる?

儒教

・「他人に優しくしないと怒るよ!」

・「借りた物は返しなさい!」

・「ちゃんとお礼を言いなさい!」

ゲーム理論で「しっぺ返し戦略が最適」とされるのは、同じ相手と永久に付き合う場合であり

一回きりの付き合いであれば、攻撃が最適となる。

有限回の付き合いであれば、最終の対応は攻撃がベストとなる。

最期に攻撃されるのであれば、先手を打たなければならない。

他者は全て潜在的な敵となり、社会は崩壊してしまう。

という合理主義の行き着く結末を回避し、社会を維持してきたものが宗教である。

「死んだ後も魂はまだまだ続くよ!」と皆で信じることによって、

ライフゲームの「最後の手」を出させないようにするキリスト教ヒンズー教

現世の人間関係の絶対性を徹底的に脳に刻ませる儒教日本教共産主義

一神教vs多神教という差よりも、未来主義か現世主義かという差のほうが大きい。

そして危険性/安全性という観点や、タブーの多さという観点においては

どちらが優れているとも言えない。

2008-12-10

過去日本家族概念は、血統主義だけじゃなかったらしいよ

日本家族概念は別に血統主義じゃないんじゃね? - 捨身成仁日記 炎と激情の豆知識ブログ

http://d.hatena.ne.jp/buyobuyo/20081210/p2

を読んで。

ちょうど読んでいる本に、面白い記述があったから引用するね。

『「娘をもっている親で、若衆が夜這いに来ないようなことなら、親のほうがそのこと

を苦にした」ということを高知の西の端の中村で、土地の教育関係の人からきいた。

熊野山村で、「複数の若衆が行っていて、もし娘さんが妊娠したりするとどうなる

のですか」ときいてみたことがある。故老はおだやかな表情で、「そういうときは娘

に指名権があるのです」といった。故老によれば、たれのたねであるかは問題ない、

たれもが村の若衆である、たねがたれのものであっても似たようなものだ、という思

想が基底にある。娘は、自分の好きな感じの、あるいは将来を安定させてくれそうな

若者を、恣意的に指名すればよい。』

         司馬遼太郎が考えたこと9 南方古俗と西郷の乱 より

そのあと、司馬は「たねに対する不厳密性」についての考察をひろげて、

アジア遊牧民族には骨への信仰(おとこのたねが子供の骨を作る、といった感じの)

があり、朝鮮中国儒教社会を取り入れながらも、そういう点は

北方遊牧民寄りの信仰だった、と述べて、

そういう意味で少なくとも西日本農村漁村は南方的だと述べている。

そしてまた、文章は本題の薩摩の南方的な気風に戻る。

この文章だけを鵜呑みにするわけにはいかないけれども、

そういう「たねに対する不厳密性」が南方の気質によるものだとしたら、

ここはよく考えなきゃいけない問題なんじゃないかな。

今は南方だろうが中央だろうが、高知だろうが京都だろうが、

同じ「日本」として捕らえているわけだけども、

そういう過去の変遷を踏まえずに「日本家族概念」ってひとくくりに

論じてしまうのは、乱暴なんじゃないかなと思った。

もちろん、天皇家なんかは、血統を重視していたのは間違いないわけだし、

「ご落胤」なんて言葉があることからも考えると、

血統を重視する考えが存在していたことは間違いない。

いろんな概念が混在していたと見るのが、やっぱり妥当だよね。

結局、家族概念に限らず、

日本過去のことを論じるときには、

やっぱり地域性が重要な要素なのは間違いないと思う。

一日で全国どこにでもいけるような今の

日本に住んでいるとその認識が薄れがちだけど、

かつての日本は、もっともっと広かったんだから。

現在日本の主流の概念が、血統主義であることは事実だけど、

だからといって過去から脈々と続いてきたか

どうかは違うんだよ、って話でした。まとまってないね、ごめん。


それにしても、司馬遼太郎って話そらすことに関しては名人芸だよね、あそこまでいくと。

2008-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20081208113023

「その理由は学生時代にあるでしょと」

とか書きたいけれど俺の学生時代普通だったか分からないからいいや。

以下、どうでもいい自分語り

あくまで俺の経験だけど、当時は年齢をムダに遵守していたんだよね。

あいつは三年だから逆らっちゃいけないとか儒教とは異なる理屈の年上エライ思想? があったわけだよ。

でも、俺たちが三年になる頃には(二年位でもだが)、下のやつらの方が出来が良かったから逆転もしていたしね。

嫉妬というか醜さは当時の経験から生まれているんじゃないの? とか色々だ。

一番醜いのはかつての同級生やら同年代やらの成功を素直に喜べなくなった事かな。

当時同列だったはずのあいつまで所帯持ちか。こいつは一番で内定取った。そんなんばっかり耳に入っちまう。

歳を食っていくとゆがんでばかりいく。最初から能力差による上下だったら幸せだったのかもしれない。

そんなわけで仕事上とネット上で年の話は持ち出さないようにしている。

じゃないと俺個人が耐えられないんだ。そりゃ下だろうが上だろうが関係ない。できるやつにはついていきたい。

だがな、我に返ると絶望するんだよ。

「お前、俺との生まれた差、何していたの?」

みたいに言われてるみたいでさ。たまに雑談で出るんだよ。

ああ、図星だよ。何もしてねーんだよ。

2008-11-17

決別しなければならない親子関係もある

親に対して一定の恩や義理を感じるとしても、自分自身の人生犠牲にしてまで尽くすことないよ。

仲良しの家庭であれば、過去未来も親と寄り添い、関わり合っていく人生に全く悩む必要がないだろうけども、

実子限定でモンスターペアレントと化すような毒親に育てられた場合、決別しない限り自分の人生が始まらない。

とはいえ毒親支配家庭の空気は他の家で育った人には全く伝わらない。もちろん人それぞれ育った環境が基準になるのだから、非常識な家庭のことなど想像の範囲外でも当然だ。そして、主観的にはどれほど酷い親であろうとも、親と決別する行為に対しては、ほぼ例外なく「親不孝」「恩知らず」等の誹りを受けることになる。恥をしのんでちょっとした毒親エピソードを出したとしても、

「それは●●を思ってのことでしょ?」

「親だもん、なんだかんだ言って子供が心配なんだよ〓」

「それが親の愛情だよ」「大人になれよ」

等々の儒教は健在なり、と唸らされる名言で強制終了するのが関の山

で、根が真面目だったり、常識を大切にしたかったり、善人でありたい人ほど、「フツーの選択」を求めてもがくことになる。

毒親に普通の親子関係をはかる物差しを当てても何の役にも立たないし、毒親が自ら呪縛を解くことはけして無いし、彼らに誠心誠意滅私奉公しても報われることは皆無に等しいのに。

というわけで進学・就職などは家を出る絶好の機会なのです。逃しちゃなんねーだよ。

以上、実家リラックスという図式が描ける方には一切関係ないエントリでした。

2008-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20081107132446

実家パラサイト、って簡単に抜かしてますけど、いい年した大人に"一人で"なったと思ってなきゃ

親を見捨てて実家を出るなんてできないと思うんだけど。これって一部の田舎ものにしかわからない

感覚なの?最近のいい年した大人って、自分の親と一緒に暮らすことを"パラサイト"ってカテゴリ

くくっちゃって恥だとするものなの?別に儒教に人じゃないけど、親は大切にしたいものだ。

2008-09-19

年上に対して失礼でしょう

「78番のタバコ、マルボーロください。」

で、OKでしょう。会話は相手に分かりやすく話すべきです。

世間には敬語が話せない人もいますが、私たちはそう言った人にもっと寛容に

ならなければいけません。そんなことで怒ってはいけません。

大体、年下の人間が、

「接客態度がなってない。」

と、年上の他人様を教育しようとする態度事態、儒教思想からずれています。

コーヒーも家で飲めば4分の1の費用です。他人を教育する前に、まず、

朝からコンビニコーヒーを買う貴方の消費感覚を直したほうが良いです。

大体、その前にタバコは身体に悪いし、周りの人にも迷惑をかけますし、

環境にもよくないですよ。他人を注意する前に、ご自身の禁煙を考えて

みてはどうでしょう。

2008-09-05

http://anond.hatelabo.jp/20080905205233

膠着語でなくても敬語にしてる具体例は英語で「would like」つけて敬語にするとかでは?

あと長子相続中世ヨーロッパとかでも普通に行われてたし、長子相続になるのは儒教のせいだとも膠着語敬語発達に結びつくとも思えない。

http://d.hatena.ne.jp/hrkt0115311/20080904/1220487449

日本人韓国人は「年食ってれば無条件に偉い」っていう価値観の人が多いからだよ。儒教の影響だね。

全く無根拠に「男性女性より優れている、偉い」って信じ込んでいる人が多いのと似てるかもね。

僕は海外に住んでいるのだけど、初対面の日本人で年齢を聞いてくる人がすごく多い。そういう人は、僕が自分より年下だと分かると少し尊大になって、説教したがるね。外国語ができない人が多いのも特徴かな。

こういう人は、自分よりも能力が高い人に対して唯一優位に立てるのが年齢だったりするんだよ。年寄りは偉いって勝手に信じ込んでるからね。

来年寄りである自分が優位(=高い職位、上司)であるべきと思ってるのに、それが逆転すると自分の無能さがはっきりと示されるよね。それが嫌なんだと思うよ。

2008-08-18

http://anond.hatelabo.jp/20071128082705

別に浮気世界的に見るとダメじゃない国もある。

中国儒教の流れと

戦後キリスト教の流れがマッチングして、ダメになった。

いわゆる宗教的理由が政治にまで反映されてしまった格好。

日本では、法律をみると

不特定多数との公有は認められないが

特定の相手との交際は実は法的には対応があるので

そこまで問題ではなく、妻と妾との合意が必要というだけ。

2008-08-04

http://anond.hatelabo.jp/20080804084243

それは逆ではないのか?

重罰社会は法が厳守されることが前提であり、疑わしきは罰せずの原則が厳守されなければならない。

確固たる証拠なしに人に罪を着せることはできないはずだ。

冤罪があるから重罰がだめだ、というならばそれは法治主義の否定であり儒教的な人情において人を裁けと言うのか。

人情によって裁かれるそういった社会こそが冤罪を生むのではないか。私はそう考える。

冤罪を避けるために法を整備しなければならない。冤罪を生まないために法によってのみで裁かれなければならない。

疑わしきは罰せずという原則は今の社会において生きてはいない。

感情によってではなく法によってのみに裁かれる重罰社会こそが冤罪を減らす手段なのではないか。

また重罰社会において教育は今の私たちの受けているものとは明らかに違うものになる。子どもたちは私たちより多くの社会についての事柄を学ばなくてはならなくなるだろう。

2008-07-02

世界にも色んな文化があるわけだが。

http://am.tea-nifty.com/ep/2004/04/post_6.html

日本文化は性におおらかな土着の文化に、武士的な儒教倫理西洋キリスト教価値観、そのうえそれぞれが属する社会階層がミックスされて、ごちゃごちゃになってるのかねえ?

上のリンク先で書かれたような性におおらかな社会でも、1000人に1人くらいは非モテがいるんだろうなー。

2008-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20080527005213

庶民じゃないところにはあった概念なわけでしょ?

ということはそういう概念誕生の芽みたいなものがあったとも考えられるわけだ。

そして重要なのはキリスト教イスラム教の元になったユダヤ教には処女という概念がなかったということ。

さらにクリスマスが実はヨーロッパ土着宗教祭りキリスト教布教以後にキリスト教のフリをして残ったってのは

有名だけど、そういう風にキリスト教イスラム教ってのは土着宗教の色が実はすごく強くて、

ユダヤ教由来のものよりもそっちの方が大きいくらいで。

つまりキリスト教イスラム教ユダヤ教を通じて関連づけるのは適切じゃないんじゃないかと。

そう考えると儒教の問題や古代ギリシャの問題も都市文化というくくりでなんとかなりそうな感じだし、

単純にインド農村文化だったんじゃないかと。

http://anond.hatelabo.jp/20080527000804

そうなんだろうけど、その文化自体に脳のリミッターを温存したり解除したりするきっかけが

仕込まれてるんじゃないかっていう気がする。

よく処女にこだわるのはキリスト教文化って言うけど、実は全然そんなことなくて儒教でもイスラム教でも普通にあるわけで、

ギリシャ神話ペネロペの話とか見ると遥か古代からあったわけだ。時間も空間も離れた場所で同じようなものが

生まれるとすれば、何がしかの人間の脳のシステムじゃないかという推論も成り立つ。

そんでこれらに共通してるのは都市文化だということ。

大雑把に言えば農村文化=乱交、都市文化=処女結婚制度)というのがあって、都市文化のように人間人間

秩序立てて管理しようとしたときに、その場所の人間の行動は性行動も含めて制限され、

本来外されるべきリミッターが温存されるんじゃないかと。

つまり「処女」という概念都市とともに誕生したんじゃないかという説。

それが誕生する以前のプリミティブな状態ではそもそも概念自体が存在しなかったんじゃないか。

2008-04-28

やっちまった。日本聖火リレーが行われた日、中国人の友達とチベット問題についてやり合ってしまった。

本音を言えば、彼女とはチベット問題について語りたくなかった。「中国を悪く言う人は誰であれ許さない」っていうくらい、愛国心の強い人だって分かっていたから。

彼女は25歳、中国で二番目に良い大学卒業し、ケンブリッジ大学修士を終えた、言ってみれば秀才だ。

ちなみに自分は29歳。女。一応日本修士は取ったけど、いまは無職w

その日はお互いにイギリスを発つ直前、最後に一回会おうということで一緒にパブに行った。実は、ちょっとお互いの雰囲気が悪くなっているのを修復する為にも会いたかった。ワインを飲んでいい気分で楽しく話しているうちに、彼女が切り出した。

彼女:今オリンピック聖火リレーロンドンとかパリで妨害を受けているのを知ってるよね?本当にむかつく。スポーツ政治を混ぜるべきじゃない。知ってる?第一次世界大戦中だって、オリンピックは開催されたんだよ

私:うーん、モスクワオリンピックだってボイコットあったし、そもそもオリンピックがそんなに神聖なものだとも思わない。

後はもう、怒濤のやり合い。私も彼女もいったん議論が始まったら後には引かない性質なのでノンストップで1時間半ほどやり合った。ちなみに西洋マスメディア批判・それを鵜呑みにする西洋人の批判・正義に見せかけたアメリカの乗っ取り陰謀というのはもうデフォルトで刷り込まれてた。もう中国人テンプレ通りの論理の展開ですね。

彼女法輪功なんて中国じゃあ非科学的で馬鹿にされている。あれを信じている人は本当に愚か。

私:バカバカしいからって抑圧されていいわけじゃないよ。

彼女中国は広いし、衝突があるのはしょうがないよ。他の国にだってこういう衝突はいくらでもあるのになぜ中国ばかり批判されるのはおかしい。第一、ほとんど全ての、99.9999999999999パーセント中国人政府に満足しているし。

私:大部分の人間幸せだからって、少数派の声が無視されていい訳じゃない。それが民主主義の考え方だよ。中国西洋と並ぶような国になりたいならそれは避けては通れないよ。

彼女:でも人権侵害だとか宗教迫害だとかありえないし聞いた事がないよ。

私:チベットダライラマ写真が持てないとか聞いたよ。それはどうなの?

彼女中国では宗教の自由は保障されている。仏教徒はたくさんいるし、なにより私の姉はクリスチャンだもん。何を信じようが自由はある。とにかく、人権侵害なんてないし、街は平和。嘘だと思えば中国に来てみれば良いよ。

私:でもツーリストか行ける場所なんて裕福な場所に決まってるし、短期間の滞在で何かが分かるとも思えないよ。

彼女政府情報を統制しているから知らないだけだとか言うかもしれないけど、弾圧だとか酷い人権侵害が実際に起きているのなら中国に居たら絶対に耳に入るはずだよ。おかしいよ。今まで中国に居てそんなこと聞いた事ないもの。

私:(‥絶句。なんで断言できるんだ。自分で中国は広いっていったじゃないか。)とにかくテロ行為をするんでもないのに反政府的だってだけで刑務所に入れられるのはおかしいよ。

彼女:彼らだって権力が欲しいだけだよ。思想を表明しただけとか言われているけど本当に何をやったのかなんて分からないよ

私:‥‥‥‥‥‥。

彼女情報統制だって、私が中国に居たときには全然そんな事されているように感じなかった。

私:それはあなたが、検閲の対象になるようなチベットとかそういう事柄について興味が無いからだよ。

彼女政府賄賂だとか癒着だとか、悪い事をやっているのは知っている。それでも私は政府が好きだ。反政府人間は本当に許せない。

私:どうしてそんなに許せないの?暴力的でない限り思想を表明する自由は奪われるべきじゃないよ。

彼女法輪功ダライラマ反政府人間も、結局権力を求めて人々を操作しているだけだよ。

私:‥‥‥。ダライラマは独立を求めないって言ってたじゃん。たとえもし、権力を求めているのだとしても、それは今中国政府がやっていることと同じじゃないの?権力を維持する為に、人を操作する。権力を奪われたくないからってそれを鎮圧するのはおかしい。健康的な国じゃない。

彼女一党独裁が良くないのは知っている。ただそれを変えるのは少しずつでなくちゃいけない。今急激に変化させたら中国経済が駄目になってしまうもん。チベットの問題のために経済を犠牲にしていいとは思わない。

彼女チベットはより豊かなアメリカと繋がりたいだけ。 正直言って、中国はまだ貧しい。子供貧乏な国をいやがって、より豊かな親を望むのと一緒。それだけ。 知ってる?政府チベットを金銭的に補助しているんだよ。鉄道だって作ったし、教育だって優遇している。

私:経済的に優遇しているのは知ってるよ。でも彼らが求めているのは経済的な幸せじゃないから、問題なんじゃないの? 彼らが欲しいのは人権だとか宗教の自由じゃないの?だから問題なんじゃないの?

彼女:とにかく私は反政府主義者は大嫌い。政府が嫌なら他の国でも行けば良いよ。その自由はあるもの。

私:なんでそんな理由で自分の国を、土地を捨てなくちゃ行けないわけ?なんでチベット人インドに行かなくちゃいけないわけ?

彼女:あなたは自分の国が切り離されるわけじゃないから私の気持ちがわからないんだよ!

途中彼女もそうとう感情的になり、論理がめちゃくちゃな所もあった。でもその分本音も聞けたと思う。特に経済云々のところはとくにそうだし、私もそういう気持ちが中国人にあることは納得出来る。

彼女は、私の反論について答えられない時はとにかく,「ほとんど100パーセント中国人政府に満足している、そして反政府主義者は許せない」と繰り返した。

とにかく、彼女盲目的すぎる政府への愛、にとにかく違和感を覚えた。なんだ、この忠誠心海外在住のエリート、頭は切れるし、もちろん英語情報も理解出来る、なのにどうして中国政府の言い分だけを受け入れる?本当に中国での情報統制が完璧で、海外に出て来てから周りで言われる中国の実情と、自分が生まれ育つうちに聞いてきた理想の中国政府像がかけ離れすぎていて受け入れられないのか。そうかもしれない。ちなみに彼女イギリスに来て私に教わるまで、北朝鮮が「ああいう」国だと知らなかったらしい。おそろしや中国情報統制。

チベットアメリカの事について親子の例を出していたのは彼女自身だが、もしかすると、彼女ら若い世代の中国人政府に対して親に対するような忠誠心を持っているのかもしれない、と思った。親が幾ら悪い事をしようが、それに対して反抗するのは許せない。だって親だもの、ってことなのか。それって儒教教育のせい?好景気しか経験してないから批判的な目が育ってない?

なんだろう。日本みたいな国で育ったせいか、もちろん自分の国は好きだけど政府についてはちょっと批判的なスタンスでいるくらいの方が国としては健康的なんじゃないかと思っちゃっている。そんな自分にとっては,彼女盲目さは異常。彼女と同世代の中国人がみんなこんな感じなのかと思って、正直気持ちが暗くなった。

2008-01-02

日本国家ぐるみ儒教年功序列、世代カルテル制度を敷いている

http://anond.hatelabo.jp/20080102012553

ううん、日本会社はだいたいみんな「新卒第一主義」だよ。

特に大きな会社ほど、新卒大好き。中途採用大嫌い。

新卒を雇って、何でも言う事を聞く下っ端として「育てる」のが好きなんだよ。

新卒を大量採用して沢山辞めてしまう会社でも、やっぱり翌年には新卒採用しようとするでしょ。

でも、それが悪いとは限らない。

雇用が安定して、結果的に日本企業国際競争力を増すかもしれないから。

あっ、そういえば日本の一人当たりGDPは、つい最近OECD加盟国中18位に転落したそうだよ。

丁度いま、段階の世代が定年を迎えつつある時期だね。

つまり日本式の年功序列制度が世代をまたいで2サイクル目に突入できるかどうかの瀬戸際だったんだ。

それなのに、日本経済世界に比べて負けつつあるということはだね、

やっぱり日本雇用慣行は世界で通用しないのかもしれない、、、

http://anond.hatelabo.jp/20080101214113

東大なら、一度は大企業就職してみるといいかもしれない。

多くの人はそもそも大企業に入れない事が多いのだから。

でも何より、学生のうちに会社を飛び出しても大丈夫な準備をしておくのが一番だ。

つまり、自分のビジネスの為の準備だ。

資格、資金、人脈、いろいろ可能性は見えるよね。

ベンチャー企業というとカッコいいけど、

ベンチャーという名前に振り回されないようにしたほうがいい。

大事なのは、どんな人がトップにいるかだ。

人間的に魅力のある人、精一杯働く人、他人を大切にする人、いろいろな意味で賢い人、

お金の奪い合いで負けない人、そういう人(※)がいるなら

ベンチャーはとても素晴らしい選択肢だと思う。

2ch管理人は、あまり働き者には見えないけれど、年収は1億円を超えているらしい。

どんな人にも自分の才能を活かすチャンスがある、それがベンチャーの魅力なのかもしれない。

2007-06-22

http://anond.hatelabo.jp/20070622234834

いや、そもそも仏教には神っていないのよ。

東洋宗教にはそういうの多くて、有名どこだと道教とか儒教も神ってのはいないでしょ。

仏陀とかはあくまでも「悟りを開いた先駆者」であって、彼を祈れば救われるとかそういうものではない。

まあ、後々「祈ることによる救済」を主に置いた仏教もできてきたけど、基本的には哲学なのかと。

2007-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20070530182952

あすこは儒教の国だからな、日本や他の国とは考え方が大きく違う。

いってみれば体育会系

わるのりの過ぎるところあたりとかほんとに。

で、ちょっと思ったんだけど一歳差ってさ、ちゃんと日本の数え方して?

なんか数えみたいな年齢の計算の仕方をしていたりするからちゃんと確認しないとずれてたりするぞ。

とちょっと思ったある。

誕生日じゃなくって正月に歳が増えたりするしな。

ところで、L知ってるか?日本誕生日の前日に年齢が増えるらしいんだぜ?

2007-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20070315012825

>「説明してくれ」って言ったら「甘えるな」って言われるよね。

言われないよー。何か共通の価値観とか共通の目的があって、修練している場であれば言われるけど。(お勉強とかスポーツとか)

それは師匠と弟子というシステムに組み込まれているからだよね。

価値観が違うので理解できないことについて説明を求めた時に「甘えるな」とか返事するひとは、何でもかんでも師匠と弟子や先輩と後輩や年上と年下みたいな儒教的序列に当てはめて考えちゃう人なんじゃないかなぁ。

それには上も下もないだろうと。

年上という権威を振りかざして説明を回避しようとする気の毒な人に見えちゃうよね。

2007-02-19

ご利益って信じる?

「神」って言われてなにを重い浮かべる?

近所の神社?その境内にある神木

たぶん違うよね。

日本で神っていうと、神話アマテラススサノオゼウスとかサタンとかか、もしくはイエス・キリストアッラーのような、人の形をしたものを指していて、「存在しますか?」って聞かれると、作り話だからね、証拠はないからね、っていう考えになるんじゃなかろうか。

でも、たとえば、「この岩に触るとご利益があるんです」なんていわれると、触る人は多いし、お守りを買う人は多いし、初詣をして、賽銭をなげ、幸せを祈るよね。

その時、だれに祈るのだろう。だれのご利益なのだろう。別に、岩や木を神とは思ってないのに。

そんな時、はっきりしたなにかがあるとかじゃなく、はっきりしない、空気とか雰囲気とか気持ちとか、そういうものの延長としての、「なにか」が、その場や物に「宿っている」って思う。そこにはリアルな人物ではなく、仮想化された人物、つまり擬人化があると思うんだよね。それを指して神様という。

あと、「宗教

フス派が敗北して弾圧されて、カトリック一色になって

その調査結果ってどうなの?

日本も同じようなことがあったね。キリシタン弾圧とか檀家制度とか神仏分離とか。

そういう宗教が力によって強制された時、儀式や建前として受け入れても、そこに神はいないと思うんだよね。

そういう歴史現在宗教に引き継がれていると神ってのが薄くなるのかな?って思ったけどどうかな。

あと、あのグラフにない中国がどうなってるのか気になる。

仏教とか儒教の国はどうなんだろう。日本もそうだけど、ご先祖って神じゃないんだよね(いや、そういう考え方があるのは知ってますが)。

それがかなり大きな影響を与えると思うんだよね。

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