印刷技術が発展したあとの時代でも多くの画家は宮廷・教会・謎太客(パトロン)・既存財産のどれかをライフラインにして飯を食ってた。
今のイラストレーターみたいに「仕事ください。値段含めて交渉はDMでしましょう」って看板出すような感じじゃなかった。
まあ結局ミュシャもコネで仕事取っていった感じではあるんだが、それでも「ウチの家(教会)にこんなの飾りたいんだよね」みたいなノリじゃなくて「今度のイベントで使うポスターなんだけど版画で200枚ぐらいする予定なわけよ」って感じの仕事を受けてた。
モチのロンでそういう人達は既に世界中にいて、我が日本でも浮世絵文化や春画文化があって江戸の街のどこかでエチエチ絵を書いて稼いだお金で食ってる連中は居たんだが。
ただそういった人達の中でクオリティにおいて旧来の画家に匹敵する人は少なくて、「やべーパトロンを捕まえるほどの力がないから庶民向けにシコシコしてた」みたいな所があったわけだよ。
でもミュシャはスラヴ叙事詩に代表されるようなガチればヤバイ画力を持った上でイラストレーターもしてた。
その超画力でちょっとお金がある庶民向けに印刷物を作ったり、町中に貼られる催し物の広告を作ったりしてたっていうのがね、「教会や宮殿以外の場所でも画家の絵に触れられる日常の始まり」として価値があるわけ。
新時代を作ったんだよ。
ちょっと絵が上手い人が看板にちょっと上手い絵を描くとかとは違うんだよレベルが。
ガチの画家が雇われた絵師として日常空間に存在するもの向けの絵を描くってのを宗教と無関係にやったのがヤベーわけ。
その中でまあ色んな作品があったんだけど、トップクラスに上手かったので「このポスターお宝だわ。とっとこw」って保管され続けてきたんだわな。
「日常に神絵師」ってのは今の社会じゃ当たり前っていうか、むしろある程度画力がなかったらテレビや電車広告に顔を出したりはしないわけじゃん。
でも昔は「おらが村の実はちょっと上手い人」ぐらいがせいぜいで、名前はともかく関わった他の作品聴いたら「あ、あの人ね」って皆がなるような人間の絵がそこら中に出てきたりはなかったの。
なにとたたかってんねんな
これと闘ってるんやと思うで。 https://togetter.com/li/2121114
ただまあ、スラブ叙事詩はデカいだけで退屈な作品だよね。実際に見に行ったらガッカリした。 スラブナショナリズムを西洋芸術の文法で描いたらああなるってのは分かるけど、20世紀...
ミュシャって感性がキモオタのそれなんよな 画風が芸術としては低俗すぎる上に、あえてのとかじゃなくてガチってあれなので二流 超画力でイラストレーターやってたから偉い? 二次...
まぁ正しい解釈
まぁ正しい解釈
またMidasが発狂して一人であたおかタワー築いてる・・・ [B!] 『『『『『『『『『『『『ミュシャや葛飾北斎が偉大なのは限りなく現代的な形での「イラストレーター」として飯を食っ...