勿論自分は30手間であるので、独身貴族と言えるほどお金は持っていないし、友達もまだ結婚している訳ではないので既婚男性ではない。
でも40代くらいの独身貴族と既婚男性のこの独特な関係って多分今と同じような感覚なのだなぁ、と鬱々というか変な気分になっている。
「アンニュイ」のような、この変な気持ちにしっくりとくる気持ちに名前を付けてすっきりしたいと思うくらいだ。
最近よく遊ぶ同性の男友達が居るのだが、そいつは20歳くらいの時に身の固い彼女を作り、結婚しようかしないか迷う時期になってきている。
その男友達の彼女の方は結婚する気満々のようで、お互いに銀行口座を作って貯金を貯めたりしているようだが、男の方はそういう「疑似的な結婚活動」に乗り気ではない。
やはり結婚すると女性は「あがり」で、男性は「戦いの始まり」という感覚があるのは事実であろうと思う。実際の現実はひとまず置いといて。
話を聞く限り相手の女性は事務職であるが、仕事が辛いという愚痴を良く零してるらしく(そんなわけあるかよ)、着実に「専業主婦」の座を狙いに来ているのを感じる。
男友達はなかなか優秀な商社マンであるが、冒険心に富む男でもあり、「家族の為に定年まで働き続ける」という気質ではない。
しかし会社からも管理職に抜擢されたり、着実に「囲い」に入ってる感じがあり、一番不自由を感じる時期なのではないかと思う。
対して自分は割と緩い仕事に就いていて、年収はそんなあるわけでは無いが自由にやらせてもらっている。
女性に関しても最近女遊びを覚えているが、空しさを感じつつ日々を消費している訳だ。
そんな自分にとってその友人の堅実でもある生き方というのは非常に羨ましいと感じている。
そもそも自分は冒険心に富む性格でもなく、「若いうちから付き合った彼女と結婚し、幸せで安定した人生を送りたい」
という考えで、可愛くしっかり者の彼女を得て、毎日仕事でキャリアを積み重ねている友人は凄く羨ましいのである。
つまり女遊びをして、自由な仕事に就いて自由に動いてる自分の生き方に憧れを抱いているらしい。
その噂はその友人の彼女に伝わっているらしく、「友人に女遊びの願望や自由な生き方へ誘惑をして来る悪い友人」のポジションとして自分は見られている。
現に変な影響を与えてしまったのかその友人は一時期女遊びをしたいと言い出し彼女と別れようとしたこともある。
ただ一つだけ違うのは、友人はいつでもその暮らしを手放せるのに対し、自分はいつでも友人のような生き方を手に入れる事が出来るわけでは無いという事だ。
身を固めたいが身を固める術を無くしてしまった。圧倒的に幸せなのは今の友人だろう。
自分はただ変な憧れだけを与える悪い人間になり、一方友人は人として当たり前の幸せを着実に得ようとしている。
昔は自由奔放に生きている人に憧れていたけれど、そういう人たちの言う「俺みたいな生き方は幸せにはならないぜ」という言葉の意味を踏みしめながら生き続けている。
お互いの精神が入れ替わる話の前振りかな?