2020-12-24

こんなクリスマスイブ勉強社会に出て役に立たないという話に応答

世の中には「勉強学校なんか社会に出てもなんの役にも立たない」という人は結構いるし、彼らはそう信じている。だけど俺の本能はこれを受け入れてはいけないという方向にいつも働いている。せっかくのクリスマスイブ、聖なる夜にこういうことについて考えるのも悪くないかと思ったので書いてみようかなと思う。

まず、「社会に出てもなんの役にも立たない」という話だが、これは少し抽象的でよくわからない。

まず、社会ってなんだろう、ということだ。社会というのはおそらくだが「自分職場生活」とかそのへんだと思う。彼らの話を聞いていると「仕事してて、生活してて微分積分を使う機会なんかないだろう」ということを割というからだ。つまりここでは「社会」というが、噛み砕くと「自分生活圏内で」ということになる。

一方で「役に立たない」の方だ。役に立つ、とはどういうことかという話だが、これについては解釈いくらでもできる。生活が充実する、お金がたくさん手に入る、自慢できる、テレビクイズ番組で回答できる、などなどあるので、この部分は解釈のしようがない。

だが、ここで視点を変えてみる。先程の発言微分積分を使う機会なんかない」の部分だ。ここにすべて集約されているのは、役に立たないのではなく使う機会がない、ということだ。

まり社会に出ても勉強なんかなんの役にも立たないか学校勉強時間無駄だ」というのは「自分生活の中で学校で習ったことを使う機会がないか学校勉強時間無駄だ」というふうに解釈するとなんとなく落ち着く。

さて、ここで先程の言葉を真に受けて「でもそんなこといったら新聞も読めないし電車にも乗れないよ」という人がいる。こういう人たちは彼らの言うことを真正から受け止め過ぎだ。彼らの言いたいことはそこじゃない。ここで問題になるのは「そんなあなたはなんで勉強したんですか?自分必要だと思う科目だけやってとは捨てちゃっても良かったではないですか」という質問に行かないところだ。

なんでこれをしなかったのか?というとまぁ大概の場合は「シャカイガー」になるわけだ。

社会として現役で高校を出て現役で大学をでて、現役で仕事について、という既定路線踏襲することが求められている、のはわかるのだが、「それを外れたらもうこの国ではろくな暮らしができなくなる」という強迫観念に負けて大学まで頑張ったが、意味もわからずやってしまったので大学を出た時点で力尽きて燃え尽きた、ということを言いたいのだろう。

かにこれはこれで悲惨だと思う。かける言葉が見つからない。別に高校なんかハタチすぎてから言ったっていいじゃないとも思うし、大学なんかは40過ぎてからやったっていいだろうとも思う。

そういうわけで応答するなら「辛かったですね、わかりますよ、お疲れ様でした」が正しい答えなのではないだろうか、と思いましたとさ。

  • 「いつからでも学べばいい」とポリコレの教科書に書いてるようなことを言ったところで、40過ぎて大学行って卒業した未経験の奴を自分とこで受け入れるのは嫌だってみんな言うんでし...

    • 大学は学問をしに行くところであって 就職予備校じゃないしなぁ

      • その建前を貫き通すなら全然問題ないけど博士の就職率が悪いのはけしからんとか言いだすからなあ

    • 野党系団体の非常勤職員としてなら雇うよ。 自民みたいな門前払いは決してしない。

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