ところ変わって兄貴のほう……
へとへとになりながらもバスにギリギリで駆け込み、いつもの席に勢いよく座りこんだ。
「やあ、マスダ」
「はあ……あ、センセイ……はあ、どうも」
センセイは兄貴が通学でよく利用するバスで乗り合わせる人で、何度か見かける内に話すようになったらしい。
センセイといっているが兄貴が勝手にそう呼んでいるだけで、この人が実際は何をやっているかは知らない。
バスに乗っている時だけ話す間柄だし、必要以上の詮索は無用だかららしい。
「まあ、大事にならなくて何よりだ。その子供たちも、もちろん君もね」
「それにしてもタオナケのやつ、どうして自ら危険の可能性を上げるような真似をするんでしょうね」
「ふーむ……一口には言えないが、“可能性を肯定していない”からじゃないか」
「なんすかそりゃ。可能性って肯定するかどうかってものじゃないでしょ」
「勿論そうだけど、現にそうやって生きている人は多いよ。私たちが乗っているこのバスだって、何らかの事故が起きる可能性は常に横たわっている。でも、それを恐れて乗らないという選択をすることは、まずないだろ?」
「そりゃあ確率が高くないですし、享受できるメリットを捨ててまで考慮すべき可能性じゃない」
「そう。可能性はあって、それが低いか高いかの差だ。重要な差ではあるが、個人にとって参考材料の一つに過ぎないのも確かなんだ。その可能性をいちいち恐れていては何も出来ない。だから時に、人は“可能性を肯定しない”んだ」
「ああ、“可能性を肯定しない”ってそういうことですか……でも、それって危機管理能力を鈍らせることになるんじゃ」
「その側面もある。例えば原発への反対の声が強くなったのは、実際にそれで事故が起きてからだ。可能性そのものは常にあったけれども、それを肯定したという好例だな」
「センセイって原発反対派なんです?」
「ははは、例え話で持ち出しただけで別にどっちでもないよ。私が言いたいのは、人間ってのは可能性を正確に知覚できない生き物だってこと」
「そういうことだ。“否定”ではなく、あくまで“肯定しない”。同じ意味のようで、ちょっと違う」
「なるほど、つまりセンセイがこうやって俺に話をしてくれているのは、乗り過ごす可能性を肯定していないからなんですね」
『イアリ~イアリ~』
「これをより深く理解するためには、蓋然性という概念についても……あ!」
センセイがいつも降りる場所は、その時点で既に通り過ぎていた。
どうやら話に熱が入りすぎてしまったらしい。
「……誤解しないで欲しいんだが、“可能性を肯定しない”のと“気をつけない”ことはイコールじゃないからな?」
「私も降りよう」
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