子供がもうすぐ二歳なのに発語がない。
指差しはしない。「ちょうだい」「どうぞ」などのやりとりもできない。
20代での出産だったし夫も同年代なので、巷で言うリスクのある出産ではなかった。
それでも何かあった時の為に下調べはしてあった。覚悟もあった。二歳を過ぎたら然るべき機関で検査を受けられる手配はしてある。
何らかの診断が下りたとしても、通う事になるであろう療育センターは徒歩で行ける場所にあるし、専業でいる事を許してもらえる環境にあるので子供の療育には全力で打ち込める。
あとは検査の日までに報告漏れのないように注意深く子供の様子を観察しつつ、色々な所に出かけて刺激を与えて、彼女が興味を持ったものを一緒に楽しんで毎日を穏やかに過ごすだけだ。
今のところ出来る事はやれていると思う。
頭では分かっているのだが、どうも心が追い付かない。
児童館や公園で同月齢の子供は楽しそうに母親とお喋りしている。この時期の成長は個人差があるのは解っているがどうしても比べてしまう。
家に帰って落ち込んで泣く私を見て子供は笑っている。
知り合いの家の子供は母親が泣いていると抱きしめに来てくれるらしい。
勝手な話だが子供に共感してもらえない事に腹を立ててしまう。立てた自分を恥じて落ち込む。
子供は外では大人しく、加えてそこそこ愛らしい顔立ちをしているので、外で褒められる。それで自尊心を満たしている。
スーパーを走り回るあまりかわいくない子供を見下して、子育てを頑張る燃料にしている。
こんなに性格の悪い母親だからこの子はこうなのかと後で落ち込むくせにやめられない。
ばいばいと言うと後をついてくるようになった。
紙を破る音が好きでげらげらわらってくれる。
篩を必死に使った結果みつかるのは、砂金のようなささやかな幸せだけだが、それに出会うのは楽しい。
しかし、顔を上げると首から金の延べ棒をぶら下げてそれが大した価値ではないような顔をしている他の母親が目に入る。
むろんそう見えるだけで、誰だって何かしらあるだろう。そこまでの考えに至れずに、目にした瞬間に嫉妬してしまう。
周りなど見なければいいのだが、子供の発育を促すためには外出しなくてはいけない。本当は家にずっと閉じこもっていたい。
自分が死んで、一応人並程度あった自分の対人スキルが子供に備わるようになって、臓器は何処かに売り飛ばしてそのお金が夫に養育費として振り込まれる仕組みがあったら喜んで死ぬのにという妄想をしてしまう。
社会で一人で生きていけない子になって、自分が老いて子供を養えなくなった時、夫に迷惑かけないように子供と死ぬ方法を必死に考えている。
小町んぽでやれ
今から気休め言うね ずっと発語がなかったけど三歳ぐらいから突然これまでの後れを取り戻すように爆発的に喋り始めたなんて話もよく聞くし、大丈夫だって!大丈夫大丈夫!
はてなのキチガイフェミ婆なのに子供なんて作るからそうなる
うちの親戚の子なんて小学校入るくらいまで喋れなかったけど 今もう普通の少年になってるよ
あなたは悪くないよ 日本が悪い
そういえばこんな日記書いたなと読み返したら優しいコメントが沢山ついていて少し泣けた。 結局子供は自閉症スペクトラムの診断がおりて、中度の知的障害も併発していた。 年少の...
自分の子も3歳になって自閉症っぽいのが辛くて検索してたらこの増田に辿り着いた。 3歳になっても全く話さないし、指差しもしないで手を引っ張るし、少しのことで癇癪を起こして...