「お金とは天下の回りもので、万物は流転するという森羅万象の法則にぴったり合致する。今度から禅の修行に出るので許して下さい。」
あいつは言い放った。私から借金をしている癖に、新型のiphoneを買ったからだ。
「あ、あと傘も借りました・・・ほんまにすみません。傘も天下の回りものなんですよ。盗み盗まれ、世の中を循環しているのです。」
もう本当にバカらしい。こういう奴とは根本的な価値観が合わないのだ。
もし就職活動のときにやったwebテストのような性格診断をやったら、まったく反対の結果が出るだろう。
「天下とか万物とかさ、良くそんな話が出来るよね。こっちは生活でいっぱいいっぱいなのに。」
最近、年齢のせいなのか本当に些細なことでイライラする。洗濯物を干している時に、服がハンガーに引っかかってうまく干せないだけでもイライラする。
こういうときの助け舟は美味しいものとお酒で一人晩酌をやることだ。私は近所のコンビニで買ったハイボールの缶で一人晩酌を始めた。
あいつとは付き合っているのか付き合っていないのか良く分からない関係だ。
ただ、やることはやっている癖にいつも敬語を使ってくるところにあいつのずるさを感じている。
ふとテレビに目をやると、もう名前も覚えられないようなアイドルがトークでスタジオを湧かせている。
「確かに万物は流転するのかもね。」
突然のことだった。
つまみのさきイカが踊りだしたのだ。それも最近流行ったアイドルグループの曲に合わせてリズムを取っている。
さきイカはだんだん調子を上げ、激しくうねりながら立ち上がろうとしている。
完全にリズムを支配したさきイカは、活き活きと動き続ける。まるで神でも宿ったかのように。
そして私を圧倒した。
翌朝私は目が冷めた。
どうやらそのまま寝てしまったらしい。
空き缶がいくつかと、さきイカの空袋が転がっていた。
さきイカがない。
そう思った瞬間だった。
自分の中で昨日のさきイカが巡っている気がした。
血となり肉となり、私の体内を巡っている。
さきイカのタンパク質は消化吸収され、私の皮膚となり毛髪となり爪となる。
海の恵みを、日本の東京のこのマンションの一室で、今私が享受している。しっかりと。
<完>
普通そういう場合「了」って書くと思うんだが