当時はSI屋につとめており、別に珍しくもなく年度末炎上案件に従事しており、そのリーダーはすべてを他人のせいにして、管理職以上もそれを疑っていなかった。苦情を伝えてくる協力会社とそれを協力会社のせいにするリーダー、結局理由をつけて撤退していく協力会社。他のプロジェクトも炎上しており、また、そういうリーダーだと誰もが知っていたので誰も助けようとせず、そのプロジェクトに残った人間だけが逃げることができず、ただ時間が過ぎるのを見ているだけだった。もうどうやっても炎上は止められず、リーダーも自分以外が原因だと信じて動いたため孤立していき、それもまた彼を自分が正しいと必死に自分を慰め続ける結果となった。
私はそのリーダーの下の唯一の正社員だった。ハード納品のみで撤退していったベンダー。なにも保存されていないフォルダ。手書きメモだけがドキュメントとして山のように残る。付箋で管理されていたタスクリストはホワイトボードを埋め尽くし、タスクの上にタスクが貼られ、優先度はつけられず放置。リーダー曰くは「すべてが重要だろ」とひとこと。
今思えば、彼は毎日毎日、なにをしていたんだろう。そして、4月になると同時にすべての責任は私に投げられ、壊れて、辞めた。ついに彼は1人となってしまった。責任を投げる先を失ってしまったあと、どうなったかは知らない。風のうわさ、も聞かない。かすかに聞こえても、私に心にまで届かなかったのだろう、か。そうして、あの20台以上のサーバは、それ以上のシステムは、ミドルウェアは、クライアント、なによりお客様がどうなったのか。すべてはもう判らないし興味はない。
その後2年休んで、今は違う職種に就いた。当然、リーダー、上司がいるが、なんというか、はるかにちゃんとしている。リーダーはこまめにメンバーに状況を問い合わせ、メンバーは正確な情報を伝達する。それが集約され、上司に伝わり、数字に変換されて管理される。ただ、それだけのことが淡々と繰り返されている。
いま、ネット上であふれるSI関係、ネット関係企業の状況は私がそこにいたころと何も変わっていないように見える。デスマーチは続けられ、プロジェクトは炎上し、協力会社は逃げ、プロパーは逃げられず壊される。そして運良く残った人間が過去をすべて正当化して、同じことを繰り返して篩にかける。その中に残った人間はさらに過酷な篩にかけられる。その外にも篩があり、さらにその外にも篩がある。その多重構造は別にSI屋に限ったことではないが、SI屋の篩のかけ方は悪意がある。残そうと考えていない。今はそう思う。
この春、SI屋に就職した新人もいるのだろう。願わくば、彼彼女らが生き残れることを。無理なら一瞬でも早く、自分に向いていないと気付いてほしい。そう、今日、仕事帰りに、もう散ってしまった桜をみて思った。
お疲れ様でした。 なぜ炎上するのか、という問いは、なぜこんな人間が現場にいるのか、という問いに繋がりますね。 焼畑農法のようなSI業界に、明日はあるのか。 なぜこんな悲劇が当...