はてなキーワード: 和マンチとは
より正確に言うと「和マンチ」のほう
日本にこの言葉が輸入された際、ルール上"GMの裁量に任せる"ようなシステムの穴をつき、ルールブックを読み込んだことによる理論武装と世間一般の「常識」を利用して、無理やり有利な方向に持っていくようなプレイヤーを指す言葉としても使われるようになった。
(例えば、両腕を切断する大怪我を負った者を変身魔法でヒトデやプラナリアに変え、それの触手が元通りになった頃に魔法を解くことで遥かにローコストで両腕を取り戻させることができるだろう、など。)
往々にして、思いもよらない方法を取るためにセッションをぶち壊しにしてしまうことがあり、ある意味では原義の「洋マンチ」以上に厄介な存在であると言える。和マンチは"公式ルール"という後ろ盾を持っている為、そのプレイを否定することは容易ではないからだ。
ルールの穴をついて自分の意見を通し利益を得ようとする点が似ている
例えば、TRPGはおおむね「GMの決定は全てに優先する」というゴールデンルールが存在する
例えば、TRPGのルールブックにはおおむね「(GM含め※重要)全員が楽しい時間を過ごすことが目的です」のようなことが書いてある
悲しいね
TRPGを楽しく遊ぶコツとして「気心知れた相手だけでプレイする」というものがある
しかしこの世界は(当たり前のことだが)気心知れた相手だけ存在するわけではない
悲しいね
いまやTRPGは細かく裁断されていろんな作品に少しずつ混じっているので「これ」とは挙げづらい。
作者がTRPG好きを公言しているなろう作家は多いと思うが、いちいち名前を覚えていないからググってくれ。
しかし、そういう作家はたいてい「自分がTRPGで実現したい冒険」をやりたいのであって、増田が求める「GMに迷惑をかける」ような和マンチ作品は少ないと思う。
そもそも異世界転生は、転生した直後の幼少期から物語を始めるものも多いので、その場合は増田が言う「出自を描く必要がない」などのメリットは無視されることになる。
安易に「読者の欲望」やらで説明せず、作劇のメカニズムによって理由を考えようとする態度は素晴らしいが、現時点では、ごく一部のアニメから演繹しているだけではないのか?