2019-03-17

猫背のかりあげゴルゴ氏の話

はじめに

治験の、それも希少疾患の薬剤のアレンジをしています。薬が世に出るまでには、10年15年といった長い年月と、信じられないくらいの巨額の投機投資フェーズ1、2、3、4くらいの段階的試験分析必要です。私はその主にフェーズ3の、グローバル治験全般物流アレンジしています今日は(次があるのかどうかわかりませんが)その「ラスト1マイル」の話。

ドイツスイスアメリカイギリスなどの諸国製薬会社から薬剤が成田に着きます。その薬剤はいったん専門業者倉庫に収められ、盲検が施され、厳格な温度管理がなされて、病院治験者が整った段階で、どんぴしゃりのタイミング病院の薬剤部に運び込まれます

知られざるラスト1マイルのこと

温度逸脱が最大の敵のひとつで、もちろん専用の保冷箱に温度計が同梱されて運ばれるわけですが、薬は極力、物流倉庫で、あるいは薬剤部の倉庫で落ち着いて眠っている時間が長いほうがいい。したがって、物流/配送時間を最小化する課題が生まれてきます。たとえば、3月14日14:00さいたま大学病院配送なら、都内倉庫から逆算して、12:30ぎりぎりまで薬を取り出さず、保冷箱に移し替えるまでの間、外気にふれる時間を極力短くして、デジタル温度計を起動し、あらかじめ用意した書類を同梱、封緘して、その時間に来るように手配したドライバーに保冷箱を手渡し、ドライバーは13:45に病院業者ヤードに駐車、13:50に薬剤部の担当の方に電話をかけ、携帯の電源を切り、13:55に薬剤部のゲート前に到着し、13:58に窓口を軽くノックする。13:59に担当の方が現れ、後述の合言葉を唱え、14:00に「開封させていただきます」の声とともにカッターナイフを取り出し、テープを切り、箱を開け、書類と薬剤を手交。署名を得たら「ありがとうございます回れ右して退出。

この間、ドライバーイコール配送担当者)は、黒子に徹しなくてはならない。無駄発声は一切禁止。どの製薬会社の何の疾患のどの薬剤でということも原則、口にしてはならない。盲検性に触れるおそれが必ずしもゼロではないからです。前に「○○(物流会社名)の△△です。XXさん(製薬会社)のPP(疾患名)のMM(薬剤名)、あ、今回はプラセボ偽薬)ですね。お届けにまいりました」と滑舌よくいい放って数百万円の損害を出して即日クビになった伝説の猛者がいました。

「14:00の○○(手交管理番号)の件です」「はい。どうぞお入り下さい」。あるべき情報交換は、本来これだけ。服装も、リクルートスーツは基本中の基本、声の抑揚は「お通夜の司会のつもりで」なんてことを教育される世界であります

同行させていただきました

今回、同行させていただいたドライバーさんとは、13:45に業者ヤードで待ち合わせをしました。13:35に僕が先に着いた。まだだれもいない。13:40にもいない。13:41、スマホを取り出して(ついうっかり)「黄金サクラ」で検索する。師匠しかサクラ絡みで何か面白いことをつぶやいていたはずだ。黄金頭さんの中毒性のある筆致にすこしネットに夢中になる。13:45イタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! どこから姿を現したのかわからない。左側、3歩ほど離れたところに、薬剤を両手で抱え、植田まさしかりあげクンを地味にしたような30代半ばと思われる地味なメガネ氏、中肉中背のリクルートスーツが場に溶け込んでいる。僕のほうを見ない。顎を引き、猫背気味、心もち遠くを見るようにして、肩の力が抜けている。「(只者ではない…)」歩を寄せ、「13:45お約束の…」「はい。では、行きましょうか。その前に電話を入れます」。(僕だという確認もしない。わかるのだろう。)

かりあげ氏、そこから先は前述の時刻進行通り。なのですが、特筆しようと思ったのは構内を歩く挙措無駄のなさ。トラックヤード上りから、どの角をどこで曲がり、どこに目配せをすればいいか、足が覚えている感じ。とりわけ、通路交差点手前では必ず気持ち歩速を緩め、ひと呼吸立ち止まり、左右確認をして会釈をしてから再び歩みを進める。「万一、薬剤を落としては元も子もありませんから」「会釈をして歩く業者を見て気分を損ねる先生看護師の方はいないと思うんです」。5分前に薬剤部ゲート前に到着してから直立不動(肩の力は抜けている)で、1分ごとに腕時計時間を確かめる。

もちろん

もちろん、何かしら、間違っていると思いますリクルートスーツとかね。そもそも、みんな忙しすぎる(´;ω;`) こんな配送日時指定、調整に血眼になるのは日本治験だけだとよくグローバル親分からは聞かされ、嘆かれる。批判も、しようと思えばできる。でも、しない。当面、しないことにした。代わりに、待遇を上げたい。物流ラスト1マイルはどうしても、C向けでもB向けでも、多層の中間搾取の残りの霞をかつかつで食べさせて、その割に重いプロトコル(お作法)を押し付ける傾向があります特にB向けで専門性の高い、今回記したような薬剤配送世界はその傾向が強いと感じます

ありがとうございました

帰りに「ありがとうございます。お見事でした。どうしてこの業界/仕事に?」と尋ねたら「10年ほど前に弟が珍しい型の白血病にかかりまして。幸い治ったのですが…いえ、余計な話を。申し訳ありません」とかりあげ氏。「すごいプロがいる」と聞いて、今回、普段管理側にいる私も、それだけではだめだ、現場をこの目で見ないことにはと思って、スケジュールをやりくりして同行させていただきました。さわやかな気分で病院を出、途中の川沿いの桜に、すべて実薬で治験の行われる日を願いつつ、帰途についた次第です。ありがとうございました。

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