はてなキーワード: 活性酸素とは
はてブで話題になっている、
http://b.hatena.ne.jp/entry/comicscience.seesaa.net/
http://comicscience.seesaa.net/
そのコメント欄
http://comicscience.seesaa.net/article/137779198.html#comment
で指摘されていること。
http://comicscience.seesaa.net/article/137819405.html
のエントリから、
http://twitter.com/Amidalachan
が中の人であることが分かる。
で、喧々諤々のネーミングを決めたのは
http://twitter.com/Amidalachan/status/7574907227
アプトの岡山社長かな?で、変更しません。以後、このネタは原則スルー。RT @yunyundetective: #comicscience では誰が決めたネーミングなのでしょう? 少なくとも疑似科学を指す単語としてコミックサイエンスと言うのは一般的では無いと思うのですが。
元木一朗さん
のブログには、
http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50017438.html
http://www.hokkaido-vc.com/activity/venture.html
http://www.apt-ca.com/ja/company/
の岡山峰伸という人らしい。
http://www.apt-ca.com/ja/products/
健康食品や化粧品などに添加される。うたわれている効能は、白金の触媒作用によって皮膚表面や腸内の活性酸素を除去する抗酸化作用があるというもの。また、酸化還元電位の作用や、マイナスイオンによる効果をうたう商品もある。
コロイドの分散粒子は半透膜を通らないことから、分散媒である白金が皮膚や腸から体内へ吸収されることはなく安全だと、多くの商品でうたわれている。
この点について、東京大学の宮本教授の最近の研究により[1] 白金ナノコロイドは小腸からほとんど吸収されないことが分かってきている。経口投与された白金ナノコロイドは腸管内で活性酸素を消去し、血中や体内の過剰活性酸素を減少させているのではないかと考えられている。
しかしながら、金属を微小粉末にすると、表面積が増える事から特異な性質を持つ事があり、コロイド状の白金が人体にどのように作用するかは、現時点では不明確である。
http://anond.hatelabo.jp/20090802092701
いつもいつも思うのだが、食に関する話題になると、極端な話になる事が多い。
元増田に書いてある教授の言う事は正しいと私は認識しているのだが、では、いわゆる栄養素が良い部分の成分だとした場合、その良い部分に発癌性についてはどう考えているのだろうか。
肉にせよ野菜にせよ、何より人間が生きていくために必要な塩にせよ、過剰に摂取すればそれは癌の要因となるだろう。
そもそも、商品化が遠のくから成分分析をしないのではないだろう。
成分表記して、カタカナの何やらよく解らない単語と見るや脊髄反射で「発癌性物質だ!食べると癌になる!」と喚き立てる人が居て商売にならないから、特に影響なさそうなものに関しては記載しないのではないだろうか。
「塩化ナトリウム」は流石に居ないと思うが、「炭酸水素ナトリウム」と表記して喚く人は意外や居る。「重炭酸水素曹達(=炭酸水素ナトリウム=重曹)」なんて書くともう感情的に劇物扱いという人まで居たりする。
もちろん、重曹を過剰に摂取すれば良いわけが無い。
以下は聞きかじりでトンデモという可能性もあるので、適当に読み流していただければ。
酸素についても毒と言えば毒で、摂取して細胞に取り込まれる事により活性酸素化して細胞が壊れ、新たな細胞を作り出す事で新陳代謝を行っているという話を聞いた事がある。
そして新陳代謝にも回数に限りがあり、次第に衰えた細胞が作り出されていく。すなわちそれが老化で、細胞の更新量が多いほど老化は加速する。
いわゆる有酸素運動、酸素を取り込んで新陳代謝を活性化させるという事は、老朽化した細胞を更新する代わりに残量を消費しているとの事。
まあ、余談なのに長くなるので結論だけ抜いてしまえば、「活性酸素は老化や癌の要因だが、じゃあどうやって防げというのだ?気にするだけ馬鹿馬鹿しい」という話であった。
このトンデモ話にしたって、そりゃ新陳代謝を良くした方がいいからってやればやるほど良いわけないじゃない、
無論、じゃあ新陳代謝を抑え込んだら老化を防げるのかって、そいつぁ引きこもり万歳だね!という事であって。
と思って、最後まで順を追って書いてみたら、言いたい事が私と同じだったという加筆があった。
いや、それだったら「安全神話を信じるのはやめにしよう」というタイトルは何か違うくないかい?
結局は「何でも過剰なのは悪影響が出るに決まってる」という話のような気も。
残念ながら、安全な食品というのは幻想であるということに気づかされたのは、大学1年生のときだった。
分子生物学かなにかの討論式の授業で、その日は癌の治療と予防についてセッションが行われた。
で、僕は治療についての発表をして(ちなみに癌は老化現象の一つで治らない病気という発表だった)もう一人が食物とがん予防についての発表をした。
そのときの教授の発言。
「まあぶっちゃけ体にいい食べ物なんておまじないみたいなものだけどね。
体にいいって言われているものは、いい部分の成分しか検出されないような分析しかしないから。
微生物が作り出すものだから、詳しく調べれば体に悪い物だって副産物としてたくさん検出されるはずなんだよね。
でもそんなの調べたら誰も買わなくなるから誰も調べない。
食品添加物だっておんなじだけど。」
なるほど、たしかにそうだ。
自然のものにせよ、人工のものにせよ、何のために成分分析をするかと言えば商品化するからであって、特に問題になるような物質以外を調べてみすみす商品化が遠のくようなことはする必要が無いわけで。
成分分析だって1項目いくらというような世界なわけで、全ての成分を検出というのもまた無理なわけで。
話は変わるが、同じ教授の授業で活性酸素の毒性についての講義があった。
で、この講義もちょっと面白くて覚えていたのだが、「酸素は元々毒であった」という話。
地球上に最初に出てきた生物は酸素を嫌う嫌気性微生物で、ほそぼそとした生活ぶりだった。
ところがミトコンドリアが出てきて、生物は酸素を利用して大きなエネルギーを使えるようになり、爆発的な進化が始まった。
つまり、生物は猛毒というリスクを承知で、莫大なエネルギーを利用できる酸素を利用する方を選んだわけだ。
そんなリスクを承知で酸素を利用することを選んでいるくらいなんだから、活性酸素位でガタガタ騒ぐなバカ、というのがその講義のまとめだった。
で、何が言いたいかというと、僕らの体は元々リスクを承知で色々取り入れるようなシステムになっているわけで、食べ物に関してもそれはまったく変わらない。
例えば、自然の食物こそ、自分の身を守るために色々な毒素が入っているわけだけど、逆に言えばそういうものも体内に取り入れることを前提として体はできている。
様々な栄養素、エネルギー源を利用するためには、多少のリスクが必要なことを体は知っている。
だからまあ安全な食というのは幻想なので、そればかり追っても意味が無いし、そんなことは自分の体が一番よく知っていますよという話。
■誤解されやすい書き方だったようなので加筆。
べつに食品検査などについて否定しているわけではなく、過激になっている「無農薬信仰」「農薬安全信仰」についての意見として書いた。
どちらもそこまでリスク差はないんじゃね?という意味で、「そればかり追っても意味が無い」と書いている。
そこら辺をきちんと書くべきでしたね。不愉快な思いをしたらすみません。
ねぎの健康効果
ねぎは、青い葉の部分の葉ねぎと、根の部分の根深ねぎでは栄養成分の含有量に若干差があり、葉ねぎの方が太陽に当たって育つ分、栄養が豊富である。
ねぎに含まれる主な栄養成分には、カロチン・ビタミンB群・葉酸などのビタミン、カルシウム・鉄・カリウムなどのミネラルが挙げられる。
カロチンは、活性酸素の働きを抑制する作用により、ガンを予防。 また免疫力を活性化し、風邪を予防する効果がある。 ビタミンCは、肌を若々しく保つ美容作用を持ち、葉酸はビタミンB12と協調して正常な赤血球を作り、成長を促進する。
カルシウムは、骨や歯を丈夫にする重要な成分で、骨粗しょう症予防に働く。 鉄は貧血を予防し、カリウムは高血圧を防ぐ効果がある。また、ねぎ特有の辛み成分『アリシン』は、根深ねぎに多く含まれ、食欲を増し、胃のもたれを防ぐ消化促進作用や、体を温め、冷え性を防ぐ血行促進作用がある。
さらにねぎは、昔から滋養強壮・鎮咳・去痰効果もあると言われており、様々な料理の薬味や具として用いられている万能野菜である。
1.電化製品や水でうたい文句にされているイオンの正体
7.ダイオキシンで騒いだ理由
8.発がん性物質が含まれていることで騒ぐ理由
9.効果が否定されている健康食品がなぜそれをうたい文句にできるのか
10.人はなぜ恋におちるのか(場合によって闇に)
お茶にごしに考えてみたけど、10個考えるのって結構しんどいね。
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なんか、間違って二重投稿しちゃった!
答えてくれてありがと!
アニオンー!だったのか。
磁石ってなんでくっつくの?とか、くだらない妄想がとまらなくなった。
やめておこう。。
http://anond.hatelabo.jp/20070811131813
保険適用やら色々と複雑な問題があるのよ、医療界には。ほとんどの一般人が思っている程、医者は正しくないことをやって利権を確保しようとはしていない。礼節と信義を持って接し、疑問に思うことは最初から敵対攻撃的になるのではなく(これは医療に限らず礼儀知らず)、質問してみればいい。ほとんどの場合、丁寧に教えてくれる。医者は敵だ、というのはマスゴミのプロパガンダに嵌った低脳の証。
トラバ貼るのがめんどいからここに書くけど、ちなみに活性酸素は燃えない。アホか。"酸素が燃える"とか思ってる奴は中学理科からやり直せ。
http://anond.hatelabo.jp/20070811131813
なんというか、トンデモの香りがする文言。
だいたい、雷の原理ってすごい言葉。つまり静電気っていいたいの?
それなら平賀源内が大昔に発生装置を作ってるっての。
あと、活性酸素。
活性酸素=体の錆のもと=悪 見たいな解りやすい等式に惑わされてるよね。
活性酸素はたしかに細胞を傷つけるけど、癌化した細胞を殺すためにも使われたり一概に悪とは言えない。
しかもそれを燃やす?この場合の燃やすの定義ってなによ?
局所的に活性酸素を大量に発生させて当該場所の癌細胞を壊すならまだ解るけどね。どのような原理で局所的に発生させるかはしらないけど。
http://anond.hatelabo.jp/20070529105309#
http://anond.hatelabo.jp/20070702220146#
■やっぱりさ、温情なんかやめて
悪は徹底的に叩くべきだ。中途半端な叩きかたするから癌細胞みたいに悪は増殖するんじゃん。遠慮もなにもしないで断固粉砕でいいじゃん。
「善も悪もそんなのは主観なんだからそんなのはない」っていう人は自らが悪に荷担している事を知れ。こういう偽善者こそ大嫌いだ。分かったフりなんてするんじゃねーよ。
http://anond.hatelabo.jp/20070719111334#
■転売がイケナイのって
今回のアニヤのバッグの場合、全然欲しくない人が転売の為にアニヤのバッグを買い占めて、他の欲しい人が買えなくなる事例が出ているのだけど。
その欲しくない人が転売の為に買って、高く売りつける行為は経済的な付加価値を生み出さないからイケナイんじゃないの?
けーざいがく的に転売がイケナイのってそういうことじゃないの?
http://anond.hatelabo.jp/20070731115229#
■
更生できなかったら無期懲役。
更生の見込みがなければ無期懲役。
本当に更生できるかは刑務所の中の人の頑張り次第。
人のやることに完璧はない、という問題であって、
http://anond.hatelabo.jp/20070724093345#
■http://anond.hatelabo.jp/20070723224418#
技術革新はユーザーに驚きをもたらさなくなった、ある一定以上の複雑さはユーザーの限界を超えた、ある一定以上の高画質はモニターと動体視力の限界を超えた。
この頃のユーザーは0から共に育ったユーザーとは打って変わってもう大分進んだ先からゲームに触れた世代だというのもある、もともと高画質の世界を見てきた世代だ、いまさらMOVEの華麗さに声を上げることは無い。
360やPS3をHD対応のTVやモニタに繋いでプレイしてみろ。
戻れないだろ…。
http://anond.hatelabo.jp/20070811131813#
表に出てきていない。
実際に、この機械を使って初期癌を消した人もおり
末期癌患者はこの機械を使っているときに痛みが取れる、と話していた。
何故その機械を知っているのかというと、私もその機械を実際に使ったことも、治療に当たったことのある人間の一人だからだ。
特許も取れているし、量産して全国配備すればどれだけの人が救えるのだろうか。
7並べのカードのように、出さずに手元に持っている人たちが居るという事態が、私は許せない。
自己利益を求めるのではなく、多くの人が救われるようになってもらいたいと心から望む。
http://anond.hatelabo.jp/20070814113827#
■「どんだけー」を使う人間はIQ80以下、SS40以下と言う定説。
http://anond.hatelabo.jp/20070814102023#
ひたすら勉強だ。
学生時代もそうだが、大人も勉強しなくてものらりくらり適当に生きることは出来る。お前みたいに。だけど少しでもよりよい生活を、よりよい仕事をしようと思ったら、ひたすら勉強。学生時代と違って、受動的な勉強じゃなく能動的な勉強をしなければいけないから、出来ない奴は落ちこぼれる。
http://anond.hatelabo.jp/20070820171302#
■http://anond.hatelabo.jp/20070820161916#
「サラリーマン」って、給与所得者が自分の処遇を愚痴るときに使われる決り文句のような気がする。
夕刊フジや夕刊ゲンダイの記事に、いかにもありそうなんだけど、
とか。
http://anond.hatelabo.jp/20070822082933#
■アルコール抜き
昨日はアルコールなし
一昨日は氷結350ml
だんだん普通の生活?にもっていけるのかな
http://anond.hatelabo.jp/20070822003934#
■http://anond.hatelabo.jp/20070821215228#
http://anond.hatelabo.jp/20070823005253#
■職種と生産性
職種と生産性に関する素朴な考え。
最初に自分の考えを言うと、現在の社会では、作業量に応じて線型に利益が上がる職種、作業量に応じてステップ関数的に利益が上がる職種、作業量に応じて指数関数的に利益が上がる職種の3種類があると思う。
作業量に応じて線型に利益が上がる職種としては、美容師、料理人、介護士、小売店員、工員、医師等がある。
これらは、人間の命に関わる職種(医師)意外は、人材が買い叩かれる傾向がある。平均レベルの従事者では他の人と取替え可能であり、それゆえ低い給料に甘んじることになる。しかし、取替え不可能な非常に高度な人材、つまり高級料理の料理人、有名建築家、有名華道家などは概して高給である。
作業量に応じてステップ関数的に利益が上がる職種としては、メーカーの技術職、システムエンジニア、営業職等がある。これらの職種の多くは、大卒を最低保証とする程度の一定の知的技能を必要とするが、特定の組織の中での部分的な利益を出し合うにすぎず、利益の幅は限定的である。
最後に、作業量に応じて指数関数的に利益が上がる職種として、金融、マーケティング、広告、商社、コンサル、経営者等がある。これらの職種は個人の決定が他業界にも波及し、結果的に指数関数的な影響を与えうる。たとえば、金融はグローバル化が進み、非常に流動的である。トレーディングを最適化すれば(実際には不可能だが)、作業にかかった時間の何乗ものレートで利益が生まれることになる。また、商社は日本を中心とした二国間での物の流れ決定する。その決定はさらに、最終製品から原料にいたるまでの複数の国間の物や金の流れにも影響し、それがさらに日本にも波及することになる。したがって、周辺ノード(国)への波及という点で指数関数的な利益を生み出す構図がある。
今後、経済はよりグローバル化し、市場におけるひとつひとつの判断が大きな影響を及ぼすことになる。このような中で、定型の仕事や、組織の中での限定的な影響しか持たない仕事ではなく、不確実性に対処し指数関数的な利益を生み出す代えのきかない人材が求められることになると思う。
http://anond.hatelabo.jp/20070823233243#
■何でも楽しいという友人
「数学と現代文はパズルだし、物理や化学や生物や地学なんてさ、物体や宇宙や、物体の動きとか、そんな宇宙の根本的なところの話で普通に知ることが楽しいし、倫理なんかも人間の根本的なことだから楽しいし役立つし、しかも過去の超天才、超有名人たちのエッセンスだけピックアップして体系化して知れるんだから倫理なんてマジで超お得じゃん!現代社会とか政経なんて普通に新聞読む時とか実生活に即役立つし、歴史なんて、俺らと同じ人間の今までのビッグニュースを集めたもんだし、しかもなんせ歴史はマジで起こった事なんだぜ、楽しいよ。理科も、架空の事じゃなくてマジで今のここにある物体の仕組みの事で、リアルありまくり。全部即役に立つじゃん。楽しいじゃん。古文も、日本に文字とか文章とかの文化が生まれてから今までの超有名作がピックアップされててマジ便利。楽しい。漢文もそうだよ。だから勉強って超楽しいよ。ついつい夜までやっちゃうんだ。やめようと思ってもなかなか「あとちょっと」とかいってやめらんなくてさー」
大体奴はそんなようなことを言っていて、周りの皆は「理解できねえ」と苦笑いしていた。俺も含めてだ。
そして奴は、東大へ行った。
知ることが楽しいのだという。
他人の、自分の知らない趣味の話なんかされても、たいていの人は「へー」「ふーん」で流すばかり、気付けば一人で盛り上がってて周りは苦笑、てなのが常だが、奴はどんなことでも目を輝かせて聞く。
たくさん聞きまくるから、話してるほうは愉快で、もっと話す。奴はもっと聞く。困った事がただ一つだけある。奴がその後、その分野について、初めに話した奴より詳しくなってしまうことだ。そうなると相手はちょっと、面白くないようだ。
「どんな事でも楽しいよ。そりゃ最初から全部楽しいわけじゃないけど、どんな事でも、世界に一人はそれを楽しいと感じてる人がいるわけじゃん。どんなマイナースポーツでも、どんなマイナーな趣味でもさ。それだったら俺も楽しめるなって思うんだよ。楽しんでるその人がどういうところで楽しんでるのかって思いながら楽しいんだって軽く思いこみながらやってるとそのうちマジで楽しくなってくるし、楽しさがわかってくる。どういう所を楽しいと感じているのかってのが。基礎知識をある程度詰め込めば、それなりになんでも楽しくなるよ」
「でもその基礎知識を詰め込む時点では面白くないわけだろ?」
「まぁ、その時点ではその事に対して面白くて仕方がないってわけじゃないよ。でも、未知のものを知っていくっていうのは、楽しいことだよ。例えばサッカーを全然知らなくて、サッカーについて知ろうとしてるとき、そのときはサッカー自体について楽しくて仕方がないってわけじゃないけど、全然知らなかった未知のものについて、おおまかでも概要を掴むっていう動作が楽しいんだよ」
「それ楽しいか?」
「楽しいよ。概要を掴むとか、体系化するとか、そういうことが俺大好きなんだよ。段々世界を把握できていく気がして、すっきりする。怖いのは、そういう事をしていって、ついに知ることがなくなったらどうしようって事だけど、でも今の時代そんな怖さは全くないから。無限にある。いつまでもある」
「そういうもんかなあ」
「うん。そんで、大体概要が分かると、細かい事も知りたくなってくるんだよ。あと、日常でも、今まで見えなかったことが見えてくる。これは比喩じゃなくて、さっきのサッカーのことでいえば、今まではネットでサッカー関連のニュースがあっても、たとえ目がそこに向いても実質見えていない状態だったりするわけなんだけど、それが、目に付くようになる。「あれ?サッカーの事ってこんなにやってたっけ?」って気付き始める。そうすると、また知るだろ。そんで、知ると、また知りたくなる」
言うまでも無く奴は非常に博識である。
だが奴自身はそんな風には思っていないようだ。
小学校の時、嫌な場所の掃除当番になったときも、奴は面白がっていた。
「どうとでも楽しみ方はあるよ」
「どこがだよ。つまんねーよこんなん」
「めっちゃがんばって綺麗にすれば、楽しいじゃん。今まで汚かったのに、俺らがめっちゃ綺麗にできたら、楽しいし、すごいじゃん。先生も褒めてくれるし、優等生気分じゃん」
「うーん」
「それか、時間でもいい。めっちゃ綺麗にしなくても、いかに早く、大体を終わらせるかってのを目標にしてもいい。早くする方法を考えるの、楽しいだろ?それに、早く終わると、楽しい」
「まあそれはそうだけど」
「一番楽しくないのは、楽しくないって思って、ダラダラやることだよ。それは全然面白くなんない。つまんないとか嫌なことは、つまんないとか嫌だって思って嫌そうにやると嫌なままだけど、開き直って、おっしゃ、やってやるって、目標立ててやると、結構面白いよ」
俺らはかつてないほどその場所を掃除した。ただし時間内には必ず終わるように。だからすっげー必死になってやんないと終わらないから、チャイムがなったら急いでその場所にいって、嫌だとか考える暇もなく、ただおりゃーって頑張ってやってた。手が汚れるから嫌だとか前は考えてたけど、やるって決めてからはんなこと考える暇もなくてただやりまくってた。そして気付いた。手が汚れたら洗えばいいんだと。めっちゃ綺麗になって、俺らは先生から帰りの会で褒められた。
http://anond.hatelabo.jp/20070824125319#
■http://anond.hatelabo.jp/20070823233243#
知的好奇心つながりで一つ自分の話を。
自分は東京の街並を眺めるのが好きです。
特に新宿の高層ビル群とか、東京タワーとかレインボーブリッジとかの巨大な建造物が。
ちょっと近づいて地上数十メートルの巨大な建造物、
その部品に使われる小さなネジ・・・
と、だんだん小さな部分に注意を向けていきます。
で、はたと気がつく。
今、自分の視界に入っている、凄く巨大なものから凄く小さなものまで、すべてどこかの誰かが作ったものなんですよ!
普通に考えると当たり前の事なんだけど、よくよく考えるとこれってもの凄い事だと思いません?
こういう視点で街やいろんなものを見てると、素直に「人間て凄いなぁ??」と感動してしまいます。
こんな風に街を見てる人って少ないのかなぁ。
http://anond.hatelabo.jp/20070829100649#
■格差と想像力
こういうことを書くと「偉そうに」と怒られるのかもしれないけど、ある意味TB先と同じ話だと思うので書いてみる。
http://anond.hatelabo.jp/20070826235204#
私は親には相当程度恵まれていたクチで、別に裕福ではなかったけれども教育費に事欠くようなことはなかったし、親の勧めで進学校に進み、世間的には一流と呼ばれる大学に進んだ。自分自身その当時の境遇には満足していたし、親も喜んでくれたし、ささやかな優越感を楽しむことも出来た。
大学は楽しかったが、私は特に大学の成績には興味が無かった。先輩の話を聞いていても、大学の成績が良かったからといって、それこそ総代にでもならない限りは大したメリットは無さそうだったし、なにより自分が興味をもてない科目をちゃんと勉強するほどの忍耐力は子供の頃から全く無い。自分の好きな科目だけはすべて優でそろえてそれで満足していた。
卒業して就職し、何年か経つと、周囲の友人たちの一部が留学を始めた。それまで自分が海外で暮らすとか、海外で勉強するなどということは想像の遥か外側にあったので、そういうことが可能なのかということ自体に結構驚いた。その当時はそれ以上考えが進むことは無かったのだが、仕事をしていくとその分野で日本が決定的に立ち遅れていることが見えてくる。これはちゃんと勉強しておかないと10年後に必ず行き詰るなと思ってアメリカ留学の準備を始めたのだが、ここで壁にぶち当たった。
アメリカの大学院はどこも学部時代の(場合によっては高校も含めて)成績を重視する。GPAで3.3(優と良が半々で少し良が多いくらい)は足切ラインであって、それ以下だと申込書を送ることすら出来ない場合もある。もちろん、実際に一流校で合格を決めるにはそれよりも遥かに高い、例えば3.9(ほとんど全部優)とかが求められる。GPAなんてものは存在も知らなかった私の成績は3.3を割り込んでいた。
もうひとつ重要なのが推薦状。アメリカの大学で博士号を取り、出来れば本人も世界的な業績をあげている人に推薦状を書いてもらうことが望ましい。残念ながらそんな人はほとんどうちの大学にはいなかった。というか、そういう先生がごろごろしているのは東大他数えるほどしかない。しかも推薦状は3通必要。私は推薦状のネームバリューを考えるどころか、3人の推薦人を揃えるだけでも精一杯だった。
それでもなんとかアプリケーションを書き上げ、会社に隠れてTOEFLの勉強をし(この時期の平均睡眠時間はちょっとやばいことになっていた)、会社に迷惑はかけられないので合否の結果が出る前に辞める宣言をして代わりの人材を自力で調達し、やることはやって合否の結果を待った。結果はほぼ全滅に近かった。中堅大にぎりぎり引っかかっていたのは運が良かったとしか言いようが無いが、その当時はその幸運に感謝する気にはなれなかった。
その後アメリカに行ってから、自分がアプリケーションを出した大学のうち結構な数が「世間的には難易度がそこまで高くないと思われているが、募集人数が少なかったりして実は非常に入りにくい大学」であったことを知った。比較的まともな大学で日本人を積極的に受け入れるところがあったこともその後知った。東大からハーバードみたいなところに進む連中は、学部生のうちから留学準備をしている先輩を毎年見ているわけで、この辺りの情報は常識であったらしい。まぁ、ハーバードだMITだのに進む学生はそもそも私などとは比べ物にならないほど優秀だったので、特に腹も立たなかったのだが。それでも、うちの大学でもGPA3.8位あれば学部によっては超一流大を狙えた事を知ったときは少し堪えた。
中堅大のハンディキャップは就職活動に現れる。ハーバード、MIT、スタンフォード、イェール、そしてプリンストン(分野によってトップ5の大学は変わってくるが)。これらの大学にやってくる求人広告とうちの大学に来るそれとはかなり明確に差が出てくる。イェールの友人にそれを愚痴ったら、「ハーバードとMITは特別扱いなんだ」と愚痴られた。
もし日本の大学に入った直後にこの辺りの事情を知っていたら、そして自分にもそういった「とんでもなくエリートっぽい」キャリアパスがあり得るのだと想像できていたら、自分の人生はもう少し楽になっていたと思う。情報なら幾らでもあった。世の中には留学ガイドがあふれていたし、掲示板にだって色々なことが書いてあった(その頃はまだインターネットは無かったわけだが)。本屋でちょっと手に取っていれば必要な情報の半分くらいは入手できただろう。でもそうしなかった。そんなこと想像も出来なかったのだからしょうがない。親も友人も、海外にまで出て行く人間などいなかった。就職先で留学する人間に出会わなければ、今でも想像できないだろう。
結局、人間は社会に縛られる。それはしょうがない。誰かが悪意を持って情報を隠しているわけでもない。多分こちらから聞きに行けば喜んで教えてくれただろう。でも私はそうしなかった。想像力が足りなかった。想像力が足りない自分が「悪い」わけじゃない。ただ運が悪かっただけだ。それでも、そういう運の良し悪しも含めて自分の人生なわけで、それを嘆いても始まらない。架空の「すべてをコントロールするエリート」をでっち上げて彼らのせいにしたって虚しいだけだ。
結局私は海外で就職して必死に働いている。多分また無意識のうちに別の「社会」に縛られているのだと思う。もう少し世の中が見える人からは遠回りしているように見えるのかもしれない。でも自分に出来るのは手持ちの知識と能力と時間のなかでベストな選択をすることだけ。今の自分に満足できないからって「格差社会が悪い」と大上段の議論をするより、自分の手持ちの駒の使い方を考えたほうがいい。
http://anond.hatelabo.jp/20070904222327#
■http://anond.hatelabo.jp/20070904214759#
増田とか2chとかうろうろしてるとやたらにクズな奴の話とかが出てきて、ついこの世はクズばかりかと錯覚してしまうのだが、これと同じで、単に「普通の人」とか「いい人」の話はあんまり皆書き込まないだけなんだよな。「え?なんでこの人たちこんなに類稀なクズばかりが周りにいんの?有り得ないだろ。ネタ?」(実際ネタもあるんだろーが)とか思っちゃうんだけど、そういう類稀なクズに出会ったからこそ書いてるわけで。リアルにいるときはそんな事忘れてるんだけど、ネット上ではついそうやって勘違いしてしまう。こんなクズたちに会ったことのない自分はめっちゃ幸せもんなのか?とか思ったりするけどそうじゃないんだよな。
http://anond.hatelabo.jp/20070904225227#
■そうね
クズに会う確率は誰でもそんなに変わらなくて、
書き込もうと思うかどうかのほうが人による気がする。
俺もうちの社長のこと何回書き込もうと思ったことか。
http://anond.hatelabo.jp/20070905094121#
■http://anond.hatelabo.jp/20070905015711#
自分、5桁代前半(1xxxx)だけど、その頃の事を言いたかった。当時は知らない人の所見て回って、ついた足跡から仲良しになるなんて日常茶飯事だった。
そんな雰囲気の事を言いたかったんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20070906151611#
■1000から2000字ていどの文章書いてと言われたら
俺がいつも念頭に置いている基本形(だが変形することの方が多い)
http://anond.hatelabo.jp/20070906150600#
- 思いつくネタを箇条書きにする→マインドマップでもよい
- オーソドックスな三段構成(はじめ・なか・おわり)で配列してみる→おそよの筋を見つける
- 筋に必要な話題を追加し、入れると構成が取りにくい話題を削除
- 箇条書きのネタを膨らませていく→実際の文章を書く
- 構成の再整理
追記:
もっと長い文章を書く場合、小見出しをつける癖をつけると良い。構成のとき、最初からおおざっぱな小見出しを書いていくというのも変形の一つ。話題のグルーピングがしやすい。
http://anond.hatelabo.jp/20070906153931#
■Re: 1000から2000字ていどの文章書いてと言われたら
http://anond.hatelabo.jp/20070906151611#
私が苦手なのは接続詞。「しかし」「したがって」「そして」「さらに」などなど。
これらがワンパターンになりがちで困る。気が付くと、重ねて使ってることが多々。そして、どうつなげるのか悩む。
なので、最近は、まず接続詞はなしで書く。どんどん切る。その後、つなげていく。すると、そもそも書くべき順番を間違えていることに気が付く。
でも、やっぱり苦手。