はてなキーワード: 歩く会とは
梅雨が苦手だ。
じめじめと、乾き切らない空気がずっと漂い、シャツが肌身に吸い付いてくるのが嫌だった。
うだるような暑さにやるせなく歩く会社への道すがら、道路の片隅には雑誌が捨てられていた。
雨に濡れるそれを目にして俺は昔を思い出していた。
昔、中学の頃の俺は閑散とした田舎に住んでいた。限界集落と今では呼べられるような所だった。
家の近所には森があった。
当時はぼちぼちと携帯が流行りだした時代で、自分のパソコンがあるはずもなく、だから森に行く理由はいつも一つだった。
その日は朝から雨で、下校のときには止んでいた。空が見渡せない曇り空で、空気は湿り、何もせずとも汗が流れるような気温だった。
再び雨が降り出しそうだったのだ。それに普段でさえ森の中で人を見かけることは珍しい。だからこの日も誰の姿もなく、俺は黙々と奥へ進んだ。
少し歩くと僅かに開けた場所に出た。そこは階段の踊り場のような場所で、草木に囲まれた俺の秘密の場所でもあった。
しかしその日はいつもと違った。人影があったのだ。一人の人影。その制服にも見覚えがあった。同級生の、同じクラスの女子だった。
彼女は屈んで真剣に本を読んでいた。俺が彼女の背後に立つまで全く気付かないほどに。
あの…と俺は弱弱しく動揺の色も隠せず声をかけた。
彼女は「え……?」と振り返り、俺を見て驚きすぐに立ち上がって「ああ…」と気まずそな声を漏らした。
彼女の後ろ、地面には雑誌が広げてあった。それは俺の愛蔵する内の一冊だった。
どうしてここに?と彼女は俺に目で訴えかけてくる。俺は目を逸らし、彼女の後ろにある雑誌に目をやっていた。彼女の脚の隙間から全裸の女性が横たわっているのが見える。
「増田くんの?」彼女の声に俺は慌てて視線を逸らし、彼女を見た。ほんの少し笑ってる。
俺はもごもごと曖昧に返事した。彼女は「へぇ…」とだけ言い、言葉は続かない。
そのまま面と向かって立ち尽くし、お互いに次の言葉を待っていた。
「やっぱり男子ってそういうのが好きなんだ…」と彼女が呟くように言い、俺は沈黙が肯定につながることを理解しながら何も言わなかった。
彼女は歩き出し、俺とすれ違って少しすると立ち止まって振りむいた。「増田くんの知らない面を知れたのは、ちょっと嬉しかったかも」とそう言ったのだ。俺は咄嗟に声をかけた。「今度、遊びに行かない?」と。
彼女は首を横に振った。それから学校で話すようなこともなく、この森でのやり取りが全てなかったことかのように、彼女は俺と親しくなることもなければ、話しかけてくるようなこともなかった。
俺は非モテで、告白されたこともしたこともない。恋愛絡みの思い出も皆無だ。
だからこそ今でも中学の時のこのことをはっきり覚えているのだと思う。
今朝、雨に濡れる雑誌を見て、俺は堪らなく切ない気持ちになった。
彼女は今でも元気だろうか。そうだと俺は嬉しい。