2024-06-04

仕事を「生活費獲得の手段」と割り切るのはせめてアラフォーからにしたほうがいい

あんまり早く仕事を切り捨てると生きる理由を他の部分に依存することになる。

普通人間に手が届く生きる理由は「趣味」「仕事「家族」交流」「「贅沢」「薬物」「信仰」「名声」ぐらいしかない。

若い頃の「趣味」は30代ぐらいになると突然の飽きがくるリスクがある。

「家族」については子供や伴侶のどちらかと上手くいかなくなるととたんに全部回らなくなる。

交流」も忙しくなってくると学生時代の知り合いが減り、「趣味」をベースにした交流も飽きと共に薄れやすい。

多くの人はこれらのどれかで何とか出来ると思って「仕事」を「死なない程度に金が貰えれば」と割り切る人生に舵を切ろうとする。

だが人生は案外うまくいかない。

既に述べたように「趣味「家族」交流」といったものは30代ぐらいから急激に予定が狂いだすリスクに巻き込まれる。

これら全てが駄目になったとき、生きる理由のうちで無難なのは仕事」と「贅沢」ぐらいしかない。

仕事」に生きがいを見いだせなくても、金だけでも稼げれば「贅沢」に生きがいを見いだせる。

なんとか上手くやれる人生はここまで、「薬物」「信仰」「名声」を生きる理由として依存する人生地獄だ。

酒やタバコを始めとした「薬物」は乗り込めばアッサリと人生が、人生その最寄り先に脳みそを始めとしてて身体が壊れてしまう。

信仰」は一見すると救いに見えるが、あんなのは精神的な「薬物」に等しいので人生を完全に捨て去ったあとでもなければ関わらないほうがいい。

物理精神、2つの薬物を回避したはずの人間が知らずに手を出してしまものが「名声」というドラッグだ。

たとえば反ワクチン「真実」を語ることで優越感に浸ったり、キャンベルスープを名画にぶちまけることで称賛を浴びたり、その瞬間、人間の脳は異常な量の快楽物質放出する。

バグった他者への貢献意識により俺は世の中の役に立っているという勘違いが起こり、脳がドバドバと音を立てて壊れていく。

これを比較安全に楽しんでいるものが「ボランティアなのだが、「ボランティア」も何十年もやっているとそのうち壊れていってしまうのはあえて語る必要もあるまい。

人生安全に生き延びるための最適解としては、「仕事」に生きがいを見いだせる可能性を切りすてるのは自分人生が確定してからでいい。

40代だ。

40代になればそうそ人生は変わらない。

それまでは「仕事」で実現できる可能性を諦めるべきではない。

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