30年経っていない程度に昔のこと。
受験戦争って言われた時代に、高校入試から大学入試までの間に偏差値が30くらい下がっていて、でも戦う気力が無くて、適当にしょうもない大学に入った。
入学直後、五十音順に適当にまとめられた10人程度の集団に、1人変なのがいた。
どことなく人を寄せ付けず、1人で行動することが多く、でも孤独感は無かった。いや、うっすらとあったかも。
何となく話はするけど、付き合いもノリも悪くて陰口を叩かれる側のポジションに収まった。
俺も同じだった。講義のレベルにも周囲の雑談の下世話さにも乗ってる車の値段で人を値踏みする価値観にも、何もかもに馴染めず、ただぼんやりと単位だけを取って行った。爪弾きにされる条件は整っていた。
だからといって、そいつと気が合うわけでも無ければ、いまさら友達を作りたいわけでもないので、薄い会話をする程度だった。学食の何がどうしたとか。
お互いに先輩からの過去問なんて手に入らない環境だけど順調に単位を取っていって、4年になって卒業が見えてきた冬に、急に声をかけられた。「うちに泊まりに来ないか」そいつは大学の近くのアパート住まいだった。誘われたのは私だけだった。
でも暇なので行ってみた。その頃には私は孤独の辛さを自覚し始めていた。
酒を飲みながら、スーパーファイヤープロレスリングでボコボコにやられ続けて、鉄柱攻撃で流血すると不利になるらしいとわかった頃には酔いと眠気でフラフラになっていた。
「もう無理寝る」と言って倒れる様に横になった時に、「俺の出身地を知っているか」と聞いてきた。北海道と知っていたのでそう答えると「アイヌなんだ」と言った。
本当に正直に全くどうでも良いと思った。
出自で人物は変わらんだろ。どうでもいいよ。なんだよそれ。だからって何も変わらんというかだから何なんだよ。
半分寝ながらそう答えた。
その後はよく覚えていない「お前がそう言う事が、俺にとってどれだけの事が…」みたいな事を言ってたと思う。泣いてた様にも見えた。でも睡魔に任せて寝た。
次の日の朝、スーパーファイヤープロレスリングはもうウンザリだと告げて帰り、その後は卒業式まで顔を合わせる機会が無かった。
卒業式の後、就職先とかどうなった? と聞いても曖昧に笑って答えないまま、音信不通になった。
思い返せば、よく言われるアイヌの人の身体的な特徴に当てはまった気もするけど、そんなので判断ができるのかを知らない。
アイヌの人の扱いについても知る機会があった。泣かせた理由も何となくわかった気がした。
そいつとは音信不通のままだ。別に会いたいとも思ってはいない。特に何も話すこともない。
ただ、少しは幸せな目にあっていて欲しいと思ってる。
元気か? 佐々木。どうやら偽名だったみたいだけど。
どおりで居住地が東北から北海道、道東道北と追いやられるわけだ。ヤマトゴキブリが北海道に上陸するかのごとく先行きは暗いだろうね。