鼻にむず痒さを感じ、ティシューを2枚取る
ティシューで包み込むように鼻を覆い、紙の上から右の小鼻を右手の人差し指で抑える
少し湿った音が発せられ、同時に微かな爽快感を感じる
同じように呼気の排出を2度繰り返す
ティシューで鼻の下を拭いつつ、二つに折り畳みながら鼻から離す
だが、まだむず痒い
ただし、先ほど感じたむず痒さではなく、なにかサワサワとくすぐられるような感触がする
軽く鼻から息を吸い込む
変わらずまだむず痒い
一昨日の夜、鼻毛カッターで鼻腔の外側に近い鼻毛を根こそぎ短くカットして以来の鼻の鏡像を見る
よく観察すると右側の鼻腔から毛が出ている
たった70時間ほどでここまで伸びるのかと感心するほど、鼻腔の外へ毛が伸びている
毛抜きを持ち、その飛び出た毛の先端付近を掴む
引き抜くために指先に力を込め引っ張る
時間差で抜き損なった痛みだけを感じる
右目をじんわりと涙が濡らす
再度、鏡を覗きながら鼻下を伸ばし、飛び出た毛の先端から5mmほどの部分を毛抜きで掴む
軽くひっぱり、毛抜きでしっかりと把持できていることを確認する
少し息を整える
先程の未遂で残された痛みを反芻し、同じ失敗をしないようにと脳内でシミュレートする
落ち着いた呼吸のおかげか、心は驚くほど落ち着いている
これは確実に成功裡に終えるだろう自信が湧き上がる
毛抜きを挟む指先に力を込め、一気に引き抜く
「ブッ」という音を追いかけるように、鼻の奥に鋭い痛みが走る
毛抜きの先端を見るとしっかりと把持された一本の毛が確認できる
そして、やはり鼻の奥にはじんわりとした痛みが残る
計測すると23mm
きっと彼は一昨日に見舞われた非道な大虐殺の生き残りなのだろう
仲間をいたずらに傷つけられた怨嗟を「むず痒くする」という唯一の対抗策で表明したのだろう
23mmを白いコピー紙の上に置き、スマートフォンで記念に撮影をする
メッセージアプリを開き、最上段に固定表示された妻のアカウント指定する
背を押した23mmは電子の海に漕ぎ出し、幾つかの基地局を経て妻のスマートフォンへ向かうのだろう
この現代社会を構成する大切な通信インフラを構築するために、日夜研究を続けた研究者の助けを借りてきっとたどり着くのだろう
『長いね』
確かに長いが、まだまだこんなモノじゃないと少し感情が波たち、23mmをティシューに包みゴミ箱へと埋葬する
窓の外を見やると、真夏の空色から幾分か白さを増した秋の空が広がる
近隣の幼稚園から運動会の演目である太鼓の音が風に乗って流れてくる
太鼓を叩く彼らにもいつかはきっと23mmがやってくるだろう
ただただ、楽しみだ