2022-06-19

12年前、桜木町駅甘栗差し入れてくれたおじさんへ

12年前、

借りていた奨学金募金活動桜木町駅に日がな一日立っていた。

週末、友達恋人家族連れの多い桜木町駅

親を亡くした自分たちのために、寄付を募っていた。

この活動に前向きで意欲的な奨学生もいるだろうけど、私はそうではなかった。

なぜ週末の駅中で、私は親を亡くしました。でも勉強がしたいのです。だからご協力をお願いします。と、楽しそうで幸せそうな人たちに向けて声を張り上げ続けなければならないのか。

多くの人は一瞥するも通り過ぎ、

あるいはこちらを見もしない。

変な大人に絡まれることも多かった。

だって大学に行っていない、甘えるな。とおじさんに言われたり、

ここの団体資金のやりくりは不明瞭で、とそんなことをおばさんに言われたりした。(そんなことを私に言ってどうする?と思いつつ、聞かないわけにもいかなくてしんどかった)

募金と見せかけて

ゴミタバコを入れられることも度々あった。

心が折れる

好き好んで親を亡くしたわけでもないし、

私は親を亡くしてお金がありませんと週末の桜木町駅

好き好んで看板を吊り下げて立っているわけではない。

あえてこちらを見ようとせずに通り過ぎる赤ちゃん連れの若夫婦などを見ていて、

幸せ最中にいるその人たちを恨むこともできなかった。

足もしんどくなってきた夕方

癖っ毛で眼鏡をかけた小柄なスーツ姿のおじさんが寄付をしてくれた。

ありがとうございます。とお礼を言うと、おじさんは何も言わずに去っていった。

しばらくして、さっきのおじさんが戻ってきた。

手に甘栗紙袋を持って。

それを差し入れにくれるという。

募金活動差し入れ甘栗しかも殻付き。と思ったけれどありがたく受け取った。

おじさんはこう言った。

君らがここでこんなことをせなあかんのは間違ってるんや。僕ら大人が悪いんや。ほんまごめんな。ほんまごめんな。

関西から出張できているのだという。

おじさんは最後、少し涙声になっていた。

なぜこの人が謝らなければならないのだろうか(しかも偶然出張桜木町駅にいるだけなのに)、と思ったけれど

私はずいぶんとこのおじさんの言葉に救われた。

言葉そのままの意味ではなくて、

1日立ち続けて

ほとんど透明人間、時には悪意にも晒された募金活動の終盤に

私たちちゃん存在して、見えていたのだな。ということがわかったことと、

なにより、おじさんのその気持ちに。

もう12年経ったけれど、

おじさんのことを忘れたことがない。

名前も聞かなかったし、もう会うこともないだろうし、

今もお元気でいるかもわからない。

お年としては、定年を迎えられているのかもしれない。

どうか元気でいてくださいとおじさんを思い出すたび、祈っている。

人は人の心を挫くこともできれば、

反対に守ることもできるのだと

おじさんが身を持って教えてくれた。

天津甘栗差し入れは斬新だったけれど、

あのあとアパートに帰ってちゃんと食べた。

おいしかった。

出張先でたまたま通りがかった駅で、

見ず知らずの学生の姿を認めて

耳を傾けて、言葉をかけてくれた。

あのおじさんのような大人になりたいと思ったし、

べこべこに凹んだ自尊心を守ってくれた。

おじさん、元気ですか。

あなたはもう忘れたと思うのですが、

あの時はものすごく嬉しくて

12年経った今でも

あなたのことを思い出します。

あなたは私のヒーローです。

  • 万単位のお金や学生なのに5千円とか入れてく人結構多くてビビり散らしたわ 女性は意外と少額しか募金しないのが印象的だった anond:20220619082849

  • ホームレスにガラス片が入ったサンドイッチを配る男の話を思い出してしまった

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