はだしのゲンの親父みたいなおっさん(以下おっさん)が町内にいて、扱いに困っている。
おっさんの家は俺の家と番地の同じブロックで、奥さんと高校生の息子さんと小学生の娘さんの四人家族。
今年度は俺の家が一年毎の持ち回りのブロック班長をやっていて、自治体から配布される回覧板を回したり自治会費や募金などの集金をまとめたりするのが主な仕事。
今まで基本おっさんは自治会の集まりに参加しなかった。奥さんもお子さんも来ない。奥さんにそれとなく話しかけてみたら、土日は忙しいのだとか。
しかしコロナ禍でおっさんの状況は大きく変わったらしい。仕事が減ったのか失くなったのか、おっさんはずっと家にいる。
去年の夏頃から、うちの向かいのコンビニのポケストップで日に何度も出てきてはスマホをシュピシュピやっているのを見かけた。
その後ワクチンの声が聞こえ始めた頃、自治会の掲示板にコロナの陰謀を知らしめるチラシが貼られるようになった。ツイッターなどで作られているものだった。
俺の家のお隣さんの老夫婦が班長だったので、相談して見かけたら剥がすようになった。
チラシが貼られるのは毎週金曜日の深夜だったので霜降りのANNを聞きながら窓から見張っていたら、紙とホチキスを持っておっさんが歩いてきた。おっさんはこども会のおまつり中止とビン缶ゴミ分別徹底のお知らせの上にツイッターで見たチラシそのままプリントしたものをホチキスで貼って帰って行った。俺は朝刊配達を待ってチラシを剥がした。
4月、俺達の家が班長になった。回覧板を見ると、おっさんの家の受取ハンコは去年7月からなかった。飛ばされているのか、見ないで回しているのかはわからない。
先日5月の土曜日、おっさんは町内清掃に来た。ノーマスクで、酒をしこたま飲んでいた。奥さんとお子さんは来ていなかった。おっさんは座り込み、日本に来ているワクチンを打つと死ぬ、本物のワクチンはユダヤ人と中国人の上層部しか打てない、コロナウイルスは存在しない、ワクチンで不妊にされて日本人は絶滅すると延々と一人で話していた。俺はマスクを渡したがおっさんは胸ポケットに突っ込んで下を向いて独り言を続けた。
作業をしているとバブァァァと怪音がした。おっさんの屁だった。俺ははだしのゲンの最初の方の、ゲンの親父が竹槍訓練に来たシーンを思い出した。果たしてゲンの親父は正しかったし、近所の人や町内会長は間違っていた。
おっさんの家の壁には反ワクチンのコピー紙が貼られては雨に濡れて溶けている。奥さんと息子さん娘さんは通りがかりに挨拶してくれるが、フレンドリーなタイプではない。先週からおっさんはポケストップの前にもチラシを貼りコンビニの店員にすぐ剥がされていた。