昨今ツイートでこれは禁止カードだろと言われているとあるツイートが話題になっていたので思ったことを書き連ねてみようと思う。
『高校は中途半端に偏差値高いけど、大学は第一志望には行けず大したことない大学行ってるやつのプライドの高さは異常。自分は周りとは違うって本気で思ってる。』
いかがだろうか。
確かにある一面正鵠を射ているなと感心させられると同時に思わず反駁してしまいたくなった。
『自分は周りとは違う』とあなたは評価するかも知れない。しかし当人の主観では残念ながら自分は周りとは違うというある種特権階級じみた病的な選民意識とは少し性質が違うものであると。
正直言葉の綾でどうにでもなるだとかそもそも反論になりえないと言われるだろうが、きっと私がこのように言われたらこう言い返し(繰り返し、反論になっているかどうかは私は知らない。)ているだろうということ思い浮かんだのである。
どういうことかといえば、高校は中途半端に偏差値高いけど、大学は第一志望には行けず大したことない大学行ってるやつのプライドが高く見えるという現象は、その渦中にいる本人からすれば、あくまで『高校時代にどうやっても努力では勝てっこないような何をやってもできるレベチに頭のいい人種を見ているからこそ、確かに自分はそこまですごくはないことは十分承知だ。しかし、少なくとも私はそのようなレベチの人間と曲がりなりにも同じ学び舎にいることを許されていた人間で、そこに到達することができなかった君らよりはまだマシな人間である』という確信に基づくものである。そして、こうやって『高校は中途半端に偏差値高いけど、大学は第一志望には行けず大したことない大学行ってるやつのプライドの高さは異常。自分は周りとは違うって本気で思ってる。』とのたまう人間は、たまたまそのように後指を刺されている人に勝てそうな属性に属していると錯覚し精神的勝利に酔いしれている何も成し遂げることのできなかった人間の僻みだったのではないかと(まあこういう反駁こそ僻みだっていうのは私も十分承知しておりますが)。
多分『高校は中途半端に偏差値高いけど、大学は第一志望には行けず大したことない大学行ってるやつのプライドの高さは異常。自分は周りとは違うって本気で思ってる。』と後ろ指を刺されている人のマインドはこれなんだろうなと、一当事者として考えてみた。