2020-09-06

結婚で姓を変えて10年したらどちらの姓もしっくりこなくなった

結婚して夫の姓に変えて10年。

元々、夫婦別姓にできるならもちろんしたかった。

夫の方の姓を変えることも検討したけど、結局親族説明したりするのも面倒だし、会社では旧姓使用だし、手続きのものだと思って耐えようと思って姓を変えた。

最初の4年、子供ができる前は、新姓で呼んでくるのは役所病院銀行だけだったので、そんなに問題は無かった。

文字通り新姓は手続き上だけのラベルで、実生活では95%旧姓で通していた。アイデンティティとしても、あくまで私の名前旧姓で、新姓は夫の名前であった。

問題は、子供が生まれから

病院でも保育園でも日常生活でも、新姓で呼ばれることが増えた。

また、子供に「ママ名前」を説明するときに、「君と私は名字が違うのだ」と説明するわけもいかなかった。(だって、実際法的には違わないし)

会社では旧姓で、地域社会家族公的な場での名前は新姓となり、登場頻度が五分五分くらいになった。私は、新姓家族の一員の当然に新姓な人として周囲に扱われる。

こうなってくるとどうなるかというと、「両方ともしっくりこない」と感じるようになった。

どちらも、なんだか本当の私の名前では無いような気がする。どちらも居心地が悪い。

あー、この夫婦同姓強制システムの一番キモは、こうして名を奪われることなんだろうな、と思う。

千と千尋で、支配されるものが名を奪われていたけど、そういう感じがするんだ。

そして私はもはやこれから、本当の名前を思い出すことも無く、なんだかアイデンティティがゆらっとした感じで生きていかないといけない。

なあにが「職場での旧姓使用が広まっているので実害は無い」だよなぁ、と思う。

そして、名前は、害があるとか無いとかではなく、記号では無くてアイデンティティの一部だ。

こうして10年も経てば少しずつ名を奪われて、最後自己認識の中で、ちゃんとした名前すらないものにされてしまう。

改めて、結婚による数十年使っていた本名剥奪を法が強制するシステムは、著しい権利侵害であり、絶対にこれを許してはいけない。

というのが、10年目の所感である

  • どうでもとぐろまきうんち

  • 管理するための法律に愛情や愛着に対する考慮は無いから

    •    日本はブサイクだからやるときは大きな理想を目指し一直線に突き進むけど、一回完成して建前になった場合に、その建前の中に運用を混ぜ込むのに      一回完成した形を...

  • 夫婦別姓制度が出来ても自分で「旧姓(あるいは名前)で呼んでください」と意識して言い続けていく手間はそれなりにありそうな気はする 仕方がなくはあるけれど

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