件名のような風潮があるらしい。又聞きだけど。
そしてそんな風潮に対して「異性愛すると叩かれるのにレズビアンは叩かれないのはレスビアンに対する差別では?」という声を見かけ、
素朴にいろいろ思うところがあったので書き置いておきます。想像に想像を重ねていく文章ですが。
実際の自分の気持ち。前提、自分は身体は男で性自認はその他って感じ。
まず、男と付き合っているだとか女の子のアイドルが公言したらたぶん応援しなくなると思う。推しだったとしても。
いや、うーん、推しだったら……許せないけど通ってしまうかもしれない……わからない。でも嫌悪感は持つと思う。
それはともかく、アイドルという言葉が生まれた頃とは状況が異なっていて、結婚してもアイドル続ける人も出てきたけれど、自分は青春を火に焚べて輝こうとしてる人の方に惹かれる。
実際のところ彼氏いるんでしょ?みたいなうっすらとした諦念を抱えつつ、アイドルでいる間は最後まで騙し通してくれたら良いなと思う。道化でいさせてくれたらいい。手の届かないところで輝く存在として。
で、女子アイドルが女の子と付き合ってること、同性愛者であることを公言されたらどう思うか、想像でしかないけれど、考えてみる。多分そこに嫌悪感はない。素直で素朴な気持ち。
アイドルをしている一人の人間が、人として誰かを愛している、そこに変わりはないのに、どうして受け止め方は違うのだろう、と考えてみた。
ひとつの仮説。今の日本では同性愛は規範となっていないこと。家族制度のなかに同性婚は含まれていない。
個人的に規範・家族制度が苦手で、人の結婚ニュースが入ってくるたびにまあ人って結局そういうもんだよねと感じてしまう。
だから、アイドルが(今のところ)規範を外れた同性愛をアピールするのは疎ましい規範への反抗に見えるのでは?というもの。
でもこれは多分違う。同性愛がいつか規範になって、当たり前に同性婚が行われる世の中になったとしても、
男と付き合う女の子のアイドルには嫌悪感があるし、女と付き合う女の子のアイドルには嫌悪感を抱かないとおもう。
実際なってみないとわからない部分は大いにあると思うけど、今の想像では。
そこでもう一つの仮説。女の子のアイドルが同性愛者である、と公言されること。
すなわちそれは、身体が男の自分にとって追いかけてるアイドルは、
本当に手が届かない存在なんだと実感できるのではないか?ということ。
手の届かない星のような存在が、ハナから手の届かない存在であったと心から実感できる。
もともとオタクなんて相手にされてないって?そんなことはわかってるの、こっちの気持ちの整理の問題なの。
これもレズビアンの方に対する差別になるのかなあ。無学なので…わからん。
それで気になるのは、いわゆる女オタがどんな受け止め方をするのだろう?ということ。とりわけ、ガチ恋に至っている人はどう思うんだろう、と。
うんこ
男性アイドルも女性アイドルも同性愛っぽいロールが好まれる傾向があるのは、実際のパートナーの影を消すためだろう。 同性愛のロールによって最も忌むべき「異性のパートナー」の...
女は男に抱かれるのが一番の幸せなんだぞ