各所で絶賛されてるけど、個人的にはナシでした。
場面が切り替わってはテロップ、画面が切り替わってはテロップ、正直に言えば、わかりやすいし面白いんだけど、なにか違う気がしました。
ニコ動ではなく、映画なのだから、映画は映像で魅せるべきなのに、文字情報に頼りすぎてるように思った、
ほぼほぼ、人間パートは会議のシーンと会議室までの移動シーンでしたが、テレビドラマというか、お笑い番組のなかのミニドラマのような感じを受けました。
そう強く思わせる映画でした。
もう1つ、気になったのは、ゴジラへの愛が薄いことです。
特撮が撮りたかっただけで、ゴジラが撮りたかったわけではなかったように思いました。
1番、熱を感じたのは、序盤の水棲生物型のゴジラがビルに抱きついてはなぎ倒すのを繰り返す街破壊シーンと、在来線型爆弾のところです。
ゴジラの熱線なんかは、とってつけたようなCGで、特撮シーンに比べると、「とっておき」感が薄かった。
ゴジラにとっての熱線は、派手さじゃなくて、もっと、もっと、特別なものだったので、派手だけど気に入らなかった。
新シリーズは、旧シリーズの否定なのだから、それは仕方ないことなのかなと思ったのですが、ゴジラ映画の思い出は、幼年期の思い出で、幼年期を否定されたような、寂しい気分になりました。
天災、破壊の化身であると同時に、裁きを与えるもの、神でした。
神に仇なすムートーは裁きを受け、核に頼ろうとする人間、銃に頼る人間もゴジラが裁く。
強く、雄大で、公正な、神の姿でした。
他方、シン・ゴジラでのゴジラは、自然災害ではあるものの、乗り越えるべき存在です。
とってつけたように、博士は核を憎んでたとか、ゴジラの世界を作ろうとしたけど、やっぱり別にゴジラでなくてもいい存在だった。
別にゴジラでなくとも、ゼットンでもよかったし、巨神兵でよエヴァでもよかった。
シン・ゴジラが面白いと思ってる人は、騙されてるだけだと思います。
お笑いにテロップをいれたら、その瞬間は視聴者を笑わせることが出来たとしても、笑いのポイントを解説しなかった時点で敗北でしょう?
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