彼女と2年半の付き合いを経て、この春に婚約、同居を始めた。人生のちょっとした区切りにはなったんだけど、そのタイミングで会社の同期の年下の女の子に告白をされた。一人暮らしをしていた部屋からの引越しの前日のことだった。
同期として入社して半年ほど経った頃、ひょんなことから飲み会の後に俺の部屋に泊まって寝たことから、たまの浮気関係を持っていた女の子だ。それからは飲み会があると、解散後にLINEで家に行きたいと連絡があり、こちらも気が向けば部屋へ迎え入れ、風呂を貸して、セックスをして寝た。真面目で、ひかえめだが芯のある良い女の子だった。
なぜ彼女が家に来るのか、俺は測りかねていた。知り合ってしばらくして飲んだ時に、就職を機に遠距離になってしまった彼氏と別れたと言っていた。独り身になってその後たまに俺の部屋に来るのは、もちろん俺に対しては少なからず好意を持っているからなんだろうが、どんな思いで来ているのかはわからなかった。俺に遠距離恋愛の彼女がいることは知っている。自分としては、俺に本気というよりは「彼女はいるけど暇で気が向けば一緒に寝て寂しさや性欲を解消してくれる、まぁ好きな部類の男」くらいに思われてるのかな、と思っていた。
婚約をしたことは飲み会で打ち明けた。特別仲の良い数人がいつも通りテーブルに集まったところで経緯を説明した。俺としては、その子との関係を特別大きなものにしたくはないという思いがあった。妙な表現になるけど、本気で熱を上げる浮気の相手なわけじゃない、お互いに都合のいいだけの相手なんだ、と考えていて、それもあって、他の仲間と同列に打ち明けたのだった。その子は他の面子と変わらず驚いて話を聞いていた。
それがしばらくして、話したいことがあるので時間を作って欲しいと言われた。その頃ちょうど新しい人事が発表されて、同じ部署だった彼女は違うチームに異動することとなった。それもあって仕事のことかなと思いながら予定を調整していたのだけど、互いに仕事が忙しくなかなか機会が持てないまま年度末になった。ようやく時間を作れたのが引越しの前日で、何の話かと思えば本気の告白だった。
ずっと好きだった。これから結婚しようって人に言っちゃいけないかもしれないけど。
祝福しなきゃいけないと思ったけど、どうしていいかわからなくなった。
そう言いながら彼女は泣いていた。そう言われて自分も何と言えばいいのかわからず、伝えてくれたことに対し礼を言って彼女を見送った。俺はただただ驚いたのだった。思えば仕事をしていて視線を感じることもあったけど、そこまで本気だとは思わなかった。翌朝、引越しのために起きると、昨夜のことについて礼を述べるLINEが届いていた。そこにも「本当に好きです」と書かれていた。
それから2ヶ月強、結納をし婚約者を新居へ迎え入れ、新しい生活が始まった。不慣れな共同生活も新しい年度新しいチームの仕事も軌道に乗って慌ただしさが落ち着き、今では遠くなった席にいる彼女の存在が前に増して気になってしまっている。
朝礼で席を立つとしょっちゅう目があってしまう。それだけでなく、違うチームになり話す機会も減ってしまった彼女の近況はどうなんだろうだなんて。いつも帰りの遅い彼女が定時に慌ただしく出て行くとどんな用事なのか気になり、親密な同期のLINEグループにも書き込みが少なくなった気がして一抹の寂しさを感じている。俺への気持ちにはケリをつけて新しい恋を見つけたり何かしら前へ進んでいるのかもしれない。
わかっている。これは恋じゃない。自分のことを好きだった女の子が心変わりをした時の、失恋の悲しさにも嫉妬にも似たこの感情はそれ以上でも以下でもなく、恋ではない。昔はその区別もつけられず、別れた彼女に新しい男ができるとまた擦り寄ってみたりして、手痛い失敗なんかもしたものだった。
しかしそれが分かっている今でも、こういった感情の取り扱いは苦手だ。
思えば告白をされるとか、それを断るとか、その後の相手を見送るとか、そんなわかりやすい恋愛なんてのも久しぶりだ。20代も後半になってこんなことがあるなんてな。
昔から変わらず今でもこんなに強欲な自分が嫌になる。けれどまぁ、歳を重ねてどうすべきか分かっている分だけはマシだろうか。時間の流れがささくれだった気持ちの表面をなだらかにしてくれるのを待つよりほかはないんだろう。
こんな思いをするのも最後かもしれないな。
俺に対してそんな気がないのに二人っきりで飲みに行ったりするなよ、ひどい女だ、という奴もいれば 好意を示されても気づかないふりで美味しいとこどりの奴もいる。 やれやれ。
もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対