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2022-08-13

anond:20220813094626

ウラジ・オストック日本では浦塩と呼ばれていた、みたいなことがあるのかなって思います

アルチェモフスクはアルテミウスクとか表記されていることもありこの辺はムハンマドとかモハメッドとかジパングとかジッポンとかニッポンとかエベレストとかチョモランマとかサガルマータとか何が正解かややこしいですね。

2016-10-11

ブレイブウィッチーズアニメで語られないであろう設定

扶桑皇国

織田信長ウィッチ森蘭丸少女ウィッチ)によって暗殺を免れ、海洋大国として栄えた国。西はインド洋東南アジアブリタニア大英帝国)とドンパチ、東は北リベリオン大陸北米大陸)に入植するなどのチート国家

ウィッチが脚に履くストライカーユニットは、1・2期主人公父親が開発した。

1話にもチラッと出てくる「南洋島」は、太平洋進出した武士団発見した無人かつ資源豊富な島で、本土よりも広大。ぶっちゃけ満州

中国大陸朝鮮半島は荒涼とした大地が広がっているが、浦塩ウラジオストク)周辺も勢力圏

ケモ耳、ケモ尻尾

あの世界の少女は「使い魔」と呼ばれる動物契約することでウィッチとなる。

詳しい契約方法や経緯はほとんど語られない。

パンツじゃないから(以下略

あい世界だ、察しろ

もともとはユニットを穿かせるにああいデザインとなったが、作中では若い女の子ならアレが一般的らしく、ナースや村の少女ですらパン……ズボン丸出しである

スカートのようなものを「ベルト」と呼ぶことがある。タイツのようなものは「ズボンの重ね穿き」。

セーラースク水

海軍付属学校制服故、着水してもいいようにらしい。が、軍属でない女学生も着ている。紺・白の他に臙脂色?も確認されている。

海軍軍服の下にスク水だが、陸軍は丈の短い巫女装束っぽいものズボン

別にウィッチ同士は争わないの?

公式ではまず有り得ない。

メタな話、キリスト教が(おそらくイスラム教も)存在しない。詳細は省くが、ストライクウィッチーズ世界カエサル暗殺を免れたあたりから歴史に手が加えられており、民族紛争宗教対立のない、または現実よりも悲惨ではないものとなっている。

そのため、ウィッチ同士が敵味方に別れて殺し合う話は書かれない。安心してほしい。

2009-09-09

ウラジオストック、ナホトカ紀行(その1)

ロシア北朝鮮中国国境では何が始まっているのか?

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新潟空港からウラジオストック航空に搭乗することになった。東京駅から新幹線車内で待ち合わせたのはコラムニスト高山正之氏ら合計四人。このミニ探検隊が急遽「結成」されたのはひょんな経緯からだ。

昨年、フライングタイガー基地跡を湖南省の西南部にある辺境、渋江までこの四人組にあと三人ほどでグループをつくり見に行った。ここは岡村寧次と何応鈞の終戦協定を結んだ場所でもあり、反日宣伝が濃厚な記念館がある。

例によって改竄史観反日展示だが、日本軍と戦ったのは「偽軍」とあるので、この「偽」は何処かとガイドに問うと、国民党軍を意味することだったのには笑った。そうだ、フライングタイガー蒋介石に協力したのだ。

さてウラジオストック戦前日本人浦塩斯徳と表記したが、ロシア語の原義は「東方を征服せよ」という物騒な意味がある。

ロシア不凍港を求めて清帝国の版図を結果的に強奪し、地政学的にみれば中国の海の出口を塞いだ。中国にとっては恨み骨髄の場所である。

それゆえ中国人ウラジオストックとは言わず歴史的な地名=ハイサンウェイ(中国語では「海参威」)と言う。ついでに言えばロシア人は中国人を「キタイ」を呼び、いまも陰湿に排斥するし、中国人は「オロシア」と言うから、ま、お互い様か。

というわけで筆者の一番の興味は三カ国の国境の現状である。

ロシア中国北朝鮮国境地帯はいまどうなっているのか? 不思議日本マスコミはこのことを追求しない。

筆者は中国側からは何回かロシア国境を見ている。スイフェンガ、黒河、満州里、そして延吉から図門へ行くと北朝鮮、軍春からはロシア国境が、また吉林省の集安、丹東からは北朝鮮国境も見た。つまり旧満州の七箇所から国境を見た。反対にロシア側から中国国境をみたのはハバロフスクからアムール川との国境くらいだった。

とりわけウラジオストックより西側のハザン地区は北朝鮮国境を接し、ちょっと北側へ回れば中国の軍春である。

二ヶ月準備期間があった。第一にロシアのヴィザをとらなければ行けないが、これに一ヶ月を要する。つぎに肝心のハザン地区へ行けるかどうか。ポシェット港、ザルビノ港を見学できるか、どうか。

直前にこの地区に入ったNHKが追い出されたと聞いていた。旅行社を経由してロシアに打診したが、「審査」に最低一ヶ月、そして土壇場で蹴られると旅行そのものが成立しなくなる。というわけでハサン地区はあきらめ替わりにナホトカを加えることにした。

ロシア軍北朝鮮からでていったあとに

事態の変化はつぎのようである。

東西冷戦が終了し、ロシア極東軍は削減され、しかも北朝鮮から露西亜軍事顧問団は引き揚げた。北は最大の保護者を失い、唐突に北京へ秋波を送る。

一方、中国経済力が著しく飛躍し、北朝鮮経済の飛躍が政治安定を招くのではと経済改革を模索しはじめた。日本財界が主導した「日本海経済圏」の思惑とも合致してロシア中国北朝鮮国境付近の大開発が決まり、かなりのインフラ建設が進んでいた。十年前までの話である。

中国側は「図門江開発」、北は「豆満江開発」。そしてロシア側は「ハサン地区開発」(ザルビノ、ポシェット両港を含む)とそれぞれ名称こそ違え、経済交流による相互発展目的は温度差があったが、基本的に共通目標だったのである。

数年前にも中国からポシェット鉄道が通じたというので軍春へ見学に行くと、工業団地造成されており、中国企業韓国企業にまざって日本企業が三社ほど進出していた。

延吉から高速道路工事が進み、あたり一面が普請中だった。開発ブームは各地にクレーンを林立さえ、ブルドーザが動き回り、輝かしい未来を予感させていた。

ところがその後、北朝鮮の苦境と核開発が状況を激変させた。

第一に日本企業拉致問題の露呈と核開発に嫌気して進出意欲がそがれ、積極性を失う。

第二に中国北朝鮮へ直通ルートをつくり、ロシア側の港湾へ鉄道をつなげたものの昨今は北朝鮮の羅津、先鋒開発に重点を移した。つまり中国北朝鮮経済植民地となし、ロシアを袖にする野心を露わにしたのである。

第三にロシア中国北朝鮮への鉄道接続ルート強化に乗り出し、ちぐはぐに対応をみせた。

第四に韓国が間隙を縫って各方面に浸透していた。

そこである日、モスクワからプーチン大統領(当時)がウラジオストックへやってきて、「シベリア極東大開発」の号令を出し、状況が一変する。2014年ソチで冬季五輪。ならば極東の目玉を2012年、ウラジオストックでのAPEC。そのために大開発が必要というわけだ。

怪しい旅行団の結成にはそうした経緯があった。

(続く)

 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

     平成21年(2009年)9月8日(火曜日)貳

        通巻第2701号 (2700突破記念増刊号)

 
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