2019-04-25

東池袋暴走事故と、広がる「上級国民」という言葉への所感

先週19日に池袋で起こった自動車暴走事故

白昼の都心で起こった痛ましい事故で2人の尊い生命犠牲となり、9名もの負傷者が出る大惨事となった。

今週に入って被害者遺族が会見で悲痛な心中吐露し、それを受けて有名作家が「加害者から免許を取り上げなかった家族も許せない」とブチ上げるなど、まだまだ事故やそれを受けての騒ぎの余波は収まりそうにもない。

さて、事故直後から上級国民」なる言葉が広く叫ばれ、拡散しているのはこのダイアリーをご覧になっている諸兄はご存知のところであろう。

そもそもオリンピックエンブレムを巡る騒動で生まれたこ言葉が、今回の事故加害者処遇を受けて再び流行し、メディアでも取り上げられているという現状には注目すべきところがある。

なぜ加害者が「上級国民」とされ、ネット上でNGT48メンバーやNKS株式会社阪神タイガースフロントと並んで憎悪対象とされているのか。

簡潔にまとめれば「あんな重大事故を起こしだ極悪人なのに逮捕されず、メディアから容疑者呼ばわりどころか~氏、~さん呼ばわりされる"忖度"ぶりである」ことが怒りを向けられている主因であろう。そうした事実に加え、加害者公的検査機関トップ公職を数多く務めた経歴を持ち、勲章を授与されているという経歴を持っていることも、「加害者上級国民としての忖度を受けている」という風潮が広まっている理由と思われる。

今回、加害者逮捕されない理由容疑者呼ばわりされない理由については、こちら(https://www.j-cast.com/2019/04/22355961.html)の記事こちら(http://弁護士.club/archives/16662105.html)の弁護士さんのブログで触れられているのでここでは掘り下げないことにして、自分はなぜここまで「上級国民」なる言葉が真偽の程を差し置いて(という印象を受けるほど)流行したのかを考え続けている。

事故直後は"高齢ドライバーが起こした重大事故"という情報第一報として出回ったことで、主に広まっていた意見は「また高齢ドライバーが重大事故を起こした」「高齢ドライバーから免許を取り上げるべきだ」といったものだったと記憶している。ところが、その後加害者の"上級ぶり"が徐々に明らかになっていくにつれて「また上級国民か」「また忖度するのか」といった論調へとネット上の雰囲気は急激に変化し、免許の返納についての議論は遠くに放り投げられてしまったような印象だ。

ところでこの国の人々が、官僚警官役所人員といったいわゆる"公務員"に対して持っている感情や、彼らが不祥事を起こした際に向ける批判がとりわけ熾烈であることは諸兄も覚えがあるところだと思う。「彼らは自分たちが払っている税金のおかげで仕事ができているのであり、それでいて彼らは堕落しており、彼らの仕事はこれっぽっちも信用、信頼することはできない」という考えを持つ人も相当数存在している。

そんな人々にとって、自分たちと同じ一般国民、いわば"下級国民"が何の落ち度もないのに犠牲となり、その原因を作ったもの地位名誉を持つ元公務員の"上級国民"であり、なおかつ普段自分たちが受けているものとは異なる処遇を受けていることは、とうてい納得できない事なのだろう。

そうして加害者に向けられる、傍目から見れば息を呑むほどの敵意や憎悪は、人々が日々の生活で抱えている不満を転嫁したものであり、それは相当数にのぼり、また相当大きく強いものになるのだ。一通り加害者関係者への"公開処刑"が済めば、今回の事件への関心は徐々に薄れ、人々はまた新たな"処刑対象者"を見定めて石を投げる作業へと戻っていくのである。きっと今回もそうなると思う。「逮捕についての法制度はどうなっているのか」「犯罪加害者はどのような思いで今を過ごしているのか」「高齢ドライバーの扱いを社会としてどう考えていくのか」などといった、本来当然疑問に思われ、討論されるべきである事柄を消費済みのトピックとしてゴミ箱に放り捨てられた上で。

結局、今回の事故は大多数の人の日々の不満のはけ口とされ、怒りをぶつけるために浪費されるトピックしかないのである

その様子を嘲り、どこかで笑い飛ばしているのは、一体誰なのだろうか。

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