はてなキーワード: 必然とは
高齢化社会という負け戦
ttp://eiji.txt-nifty.com/diary/2010/03/post-48af.html
人類社会は、長らく寿命が40年50年しか無かった時代から、たかだか1世紀で、その倍近くも生き存える時代へと進歩した。
なのに、ライフスタイルは昔とたいして変わらない。子を産める年齢は限られているのに、やたらと婚期も遅くなり文明の必然として少子化にもなり、でも、老いても生きる人間をどうしようか? という議論は一切回避して来た。
元気なうちに、祝福されて自裁できる習慣を普及させることが急務です。70歳のALS患者は生かす価値と義務があって、50歳の若年性惚けの壮年は生かす価値は無いのか? など、難しい議論が必要になるでしょう。
誰を生かす価値があって、どんな状態なら、もう彼岸に送って良いのか? の判断は、仮にそういう習慣が当たり前になっても難しい判断になるでしょうけれど、この負け戦を継続するリソースとアイディアが無い以上、果敢に進むしかない。日本人の平均寿命を下げるという明確な目的を持って挑むしか無いでしょう。
そして私たちが今、この議論を避けて封じ込めているのは、それが文明や人道に反するからではなく、われわれはぎりぎり逃げ切れる、という安心感があるからです。50歳代以降を除外して、この破綻の波をもろに被る世代だけで、国営姥捨て山の是非を問う国民投票でもして欲しいですね。
私たちは、これが今以上に酷くなる負け戦だということを自覚しなければならない。それを自覚した上で、戦場から撤退する出口戦略の議論を一日も早く始めるべきでしょう。老人が自然発生する以上、戦争は終わらないけれど、戦線をどこまでどうやって縮小するか? の議論が急務です。
よく言うのは「女性の恋は上書き保存」というやつで、彼女に今の恋人が一番、それ以外の恋は記憶すらしてないので、必然、その人にとって上書きされた恋人たちの恋情の記憶などたいして残ってない、残ってるのはそいつの失敗談とかイヤなところのみ、なのかもしれない。
むしろ彼女に取っては「別名保存」は今の恋人への裏切りと映るかもしれない。これは何を好ましく尊いかと思うかの問題。
もうひとつは、他人に対して惚気まくるというのがある種の非礼に当たるかもしれないという考え方。自分がいかに愛されそしてそれを嬉しく思ったかを喧伝するようなことを彼女が好まない、のかもしれない。
そしてその女性とあなたは親しくなくて、彼女が自分の失敗談を披露して笑いにつなげるコミュニケーションの加減を間違えたのかもね、という可能性。
あともちろん、「言いよってきた男の好きな彼女」は彼女が嫌いな自分、好ましいとは思ってなかった自分なのかもしれない。少なくとも好意の向けられ方は超絶鬱陶しかったようだよね。
自分のことを好いてくれる人がいまのところすべて自分に取って好ましい人だったような幸運な女性が、そうでない女性に対してあれこれいうのも違うんじゃないのかな?
2chとかの一部で「毎日新聞は本業より不動産業で食ってる」とか言われている件。
そして「売上激減!倒産間近!」なんてことも言われている件。
どうも見ていると、ソースに当たらないままイメージだけで言ってる人が多い感じ。
どうやってソースなんか見るんだよ、だと?
毎日の財務内容はEDINETで誰でも無料で閲覧可能なんだぜ。あんまり知られてないっぽいけど。
http://info.edinet-fsa.go.jp/
「閲覧」から「有価証券報告書等」のほうをクリック → 「提出者名称」欄に「毎日新聞」と入力して「検索」をクリック → 一覧から「有価証券報告書」か「半期報告書」の新しいものをクリック
まず先に、「毎日は不動産収入が頼り」ということを示す数字のほうから。
平成21年3月期のセグメントごとの営業利益・営業損失(説明省略。ググりたまえ。君は増田の前にry)は、以下のとおり。
(1) 新聞・雑誌・書籍等の発行印刷・販売業 : -17億円(前年は45億円の営業黒字)
(2) その他の事業(不動産賃貸のほか、映画製作、ホテル等も) : 29億円(前年の23億円の営業黒字からさらに増益)
つまり、出版業だけでは営業赤字だったところ、その他事業のおかげで連結(トータル)では約12億の営業黒字を確保できたということ。
確かに、毎日新聞グループが赤字にならずに済んでいるのは、不動産業を中心とする「その他事業」のおかげだということはいえる。
(1) 出版業 : 2,680億円(前年比5%減)
(2) その他 : 112億円(前年比5%増)
比率では、出版業が96%で、その他が4%。
営業利益率(売上からどれだけの営業利益を生み出せたか)でいうと、毎日グループの「その他事業」はすごい。
(1) 出版業 : -0.6%
(2) その他 : 25.8%
出版業では2,680億円売っても儲けがまったく出ず、17億の持ち出しになったのに対し、その他事業ではたった112億円の売上から29億円も儲けた。
25%超というのはかなりの利益率。不動産なら、100万の賃料を取り立てて、人件費や諸経費や減価償却も差し引いて、25万円も会社に利益が残るということ。
(1) 出版業 : 6,366人(+平均臨時従業員数825人)
(2) その他 : 209人(+平均臨時従業員数40人)
臨時従業員を除いた比率では、出版業が97%、その他が3%だ。
こうやって見ると、「毎日新聞グループにおける不動産業(を含む『その他事業』)」のイメージがなんとなく湧いてくるんじゃないかと。
つまり、「不動産業が本業」なんていう表現は、誇張というよりウソに近い。
売上高でも従業員数でも、どう見たって「本業」は出版業のほうだとするのが普通の見方だ、ということだ。
確かに利益は「その他事業」が稼ぎ出している。が、出版業に従事する6,000人以上の従業員の給料は、あくまで出版業の売上で賄われており、「その他事業」が毎日新聞グループ全体を「養っている」と見ることはおよそ不可能。
出版業は営業赤字ではあるが、わずかマイナス0.6%。収支はほぼトントンというべき。
21年3月期(後半は明らかにwaiwai問題の影響が出ているはずの年度)においても、グループ全体では6億5000万円の経常利益が出ている。本業である出版業の赤字もかなり小さいのは先に見たところ。
一方、当期純損失は12億。「じゃあ赤字転落じゃん!ざまあw」というのはちょっと早い。内訳を見る必要がある。
有報をDLした奴は、連結損益計算書(43ページ)を参照。経常黒字なのに当期純損失になってるなら、でかい特別損失があったんだろうと思ったらさにあらず。税引前利益でもまだ4億以上残ってるのだ。
そこから、法人税等でがっさり17億近くもっていかれてる。これが21年3月期の最終赤字の原因だということ。
21年9月の半期報告書では、連結で経常損失になっているが、中間期での赤字額はむしろ昨期のほうが大きい(つまり年度後半で盛り返すタイプ)。ということは22年3月期の年間トータルではやっぱり黒字の可能性は十分ある。
そりゃまあ必然でもある。売上が落ちたらボーナスカット、非正規や高齢者から順にリストラ、とやって経費節減に励めば、売上減少のダメージのうちかなりの部分が吸収されちまうからな。
そして、純資産額はこの2年で減少傾向にあるものの、まだ487億もある。仮に来期から毎期100億の赤字を出しても、債務超過になるまで5年も生きながらえる余裕があるってこと。
ぶっちゃけ俺自身、毎日はいろんな面でダメなマスコミだと思っている。
が、親戚や会社を説得して購読中止!スポンサーに凸して広告出稿中止!とかやってても、会社自体が潰れるようになるのはまだまだまだまだ先のこと、というのが現実だということ。
倒したかったら、まず相手のことをよく調べないとな。
けっこうオタク系の趣味は持っているんだが、俺ははてなを一切やらない。
ハイクですら手は出さない。別に自分に禁じているわけじゃなくてやる気にならない。
新卒ぐらいまではちょこちょこやっていたけど今はまぁ絶対ないな。
周りはみんなはてなをやってるんで(オタクかどうか問わず)それを知られるとけっこう不思議がられる。
むしろ俺はみんながなぜはてなに時間をかけられるかが謎だ。それほど魅力があるとは思えない。
これから俺がはてなをやる気にならない理由を書いてみようと思う。
はてなが好きな人はもしよかったら反論をしてみてくれ。リアルでやるとウザがられるしな。
ちなみに断りが無ければ基本的にはてなブックマークを想定して書く。
(1)回線代が高い
いきなり貧乏臭い理由で申し訳ないがこれも理由に入る。
テレホーダイからブロードバンドに移行することで安くなったとはいえ、
それでも6000円~8000円はしてしまう。これは高い。
映画のレンタルなら一本300円だと仮定して、20本は借りられる。
はてなでこんなにするので何だか損した気分になる。
ただし、別に安くなったとしてもやらないかもしれない。
それは以下の理由があるからだ。
おそらく最低でも20時間はかかるだろう。
それだけの一人の時間を確保するのがたいへん。
一本の作品に何十時間もかけるよりも、
(3)話題を共有できる範囲が狭い
大学のサークルであれば一つのホットエントリを友達全員が知っていたりするが、
今のはてな村は蛸壺状態なので、
その話題が通じる相手が必然的に狭くなる。
何千円も何十時間もかけて話題を共有出来る相手が
あんまりいないのはなんだか寂しい。
(4)実生活へのフィードバックが少ない
増田で気の利いたエントリを書いたって実生活への変化は何にもならない。
就職面接で「はてブでスターたくさん貰いました」って言ってもまったくプラスにならない。
「ライフハック」タグついてるエントリを読む時間にハウトゥー本読んで実践した方がマシ。
こんなもんを「やってて当然」みたいな風潮があるのはほんとに残念。
一日何時間もやるなら20本どころじゃなく見れる
普通はそんなにかからないし、映画より短時間で終わらせることも可能
今はサイトが盛りだくさんで世の中に溢れ過ぎているので、
メジャーなサイトなら見てる人は多いし、ネット内で話し相手を見つけるのも可能
まとめサイトを見たって実生活への変化は何にもならない。
チャットやるんなら実際にあって話ちゃった方がいい。
遠くの人とはすぐ会えない
チャットしたからといって近くの人と話せなくなるわけではない
営業とかならプラスになる
単に仕事が減るっていうことの原因の一つじゃない?
これは必然っ!
ブラック企業で働いて犠牲になっている人を助けると言うこと自体が、社会全体でそのコストを負うということを必然的に招くんだよ。
これは正しいね。
今までのように誰かを生け贄にして超酷使して、他の人が安く物を変えるというシステムを続けるか。
あるいは、生け贄を救って、みんなでコストを分かち合うか。
それは、結局はただの二択だよな。
今までのように誰かを生け贄にして超酷使して、他の人が安く物を変えるというシステムを続けるか。
あるいは、生け贄を救って、みんなでコストを分かち合うか。
ブラック企業で働いて犠牲になっている人を助けると言うこと自体が、社会全体でそのコストを負うということを必然的に招くんだよ。
けっこうオタク系の趣味は持っているんだが、俺はゲームを一切やらない。
携帯ゲームですら手は出さない。別に自分に禁じているわけじゃなくてやる気にならない。
中学生ぐらいまではちょこちょこやっていたけど今はまぁ絶対ないな。
周りはみんなゲームをやってるんで(オタクかどうか問わず)それを知られるとけっこう不思議がられる。
むしろ俺はみんながなぜゲームに時間をかけられるかが謎だ。それほど魅力があるとは思えない。
これから俺がゲームをやる気にならない理由を書いてみようと思う。
ゲームが好きな人はもしよかったら反論をしてみてくれ。リアルでやるとウザがられるしな。
ちなみに断りが無ければ基本的にコンシューマーのビデオゲームを想定して書く。
(1)値段が高い
いきなり貧乏臭い理由で申し訳ないがこれも理由に入る。
それでも6000円~8000円はしてしまう。これは高い。
映画のレンタルなら一本300円だと仮定して、20本は借りられる。
ゲームは一本でこんなにするので何だか損した気分になる。
ただし、別に安くなったとしてもやらないかもしれない。
それは以下の理由があるからだ。
おそらく最低でも20時間はかかるだろう。
それだけの一人の時間を確保するのがたいへん。
一本の作品に何十時間もかけるよりも、
(3)話題を共有できる範囲が狭い
何千円も何十時間もかけて話題を共有出来る相手が
あんまりいないのはなんだか寂しい。
(4)実生活へのフィードバックが少ない
就職面接で「DDRに打ち込んでました」って言ってもまったくプラスにならない。
こんなもんを「やってて当然」みたいな風潮があるのはほんとに残念。
ttp://science6.2ch.net/test/read.cgi/rikei/1259071558/594
594 :Nanashi_et_al.:2009/11/30(月) 13:15:07
私の専門は有機化学ですが、数ヶ月ほど前に私たちの業界でこんな事がありました。
中国のある研究グループが、通常は塩基や還元剤として使われる水素化ナトリウムという試薬を
使って、常識的には起こりえない酸化反応が起こったとしてアメリカ化学会誌に結果を報告しました。
アメリカ化学会誌は私たちの業界ではトップクラスの権威を誇る雑誌で、その報告の信頼性に
疑問符が打たれました。
今までだと、追試をした論文を待たなければならなかったのですが、その論文を見た複数のブロガーが
追試し、リアルタイムで反応を報告するという行動に出たのです。結局、本来不活性ガス下で
おこなうべき反応に空気(酸素)が混入していたために起こった、実験上のミスではないかという
結論が得られました。
しかし同時に注目されたのは、論文の検証や査読という機能がいまやブログやツウィッターで
おこなわれたという事実です。たぶんもう追試は論文にならないでしょうから、その結論はネットを
ウオッチした人間だけが知ることになります。
日本で起こったセルカン事件ではその機能を、2chが担ったと言えるのではないでしょうか。
そういう意味では今回のセルカン事件の検証は必然であったと思います。
何しろ悪評高い2chですから、今回の検証が胡散臭い目で見られるのは仕方がないです。でも2chと
ブログやtwitterのどっちが胡散臭いかというと、いい勝負です。
しかしその胡散臭い場こそで研究者倫理が機能したという事実は記憶しておくべきでしょう。
すみません、余計な感想を言いました。検証チームや申立人のみなさん、応援しています。
私たちにできることがあったら、是非言って下さい。
まず「広い」って言葉を単純に人数という意味で捉えちゃってるところから見直した方がいい。
人数が多くても特定の人種としか付き合えないやつは交友関係が広いとは言えない。
色んな種類の人間と深く付き合うことができて初めて社会性・人間性に長けていると言える。
「一部」というのが「特定の人種」という意味であれば、似た者同士で馴れ合うのに高い人間性なんて必要としない。
自分と違う人種に対しても理解を示せて、深い人間関係を構築できるかどうかが肝心。
何故、イコールになるの?
それはただ単にその人が誰でも良いだけなんじゃないの?
人を愛せる人は人からも愛される。逆もまた然り。
そしてそのエロ本の中の一文をかなりはっきりと覚えていた。
こんな文だ。
急にどうでもよくなって、女の痙攣と同時に俺は(禁則事項です)を中へ吐き出した。
中学時代に失楽園(ジョン・ミルトンじゃないのorz)を読んでたし、高校時代に花村萬月にハマってたし。
18歳未満でToHeart、ううん、何でもない。
それなのに保健の授業は存在そのものを忘れ去ってるし。
いつのまにか「社会性・人間性が優れている」が「友達関係が充実している」にすり替えられてる罠。
いつも決まったメンツとだけつるんで仲間といるときはワイワイやって
それは友人関係が「広く浅く」か「狭く深く」であるかの違いでしょ。
いつも違ったメンツと遊んでいる人なんてみたことない。
交友関係が「広く浅く」の人のほうが社会性はあるかもしれないけど、人間性が必ずしもあるとはいえないと思う。
交友関係が広くなればなるほど、一人一人ととれるコミュニケーションの濃さが希薄化するのは必然。
たくさんの人と浅い人間関係を構築するより、一部の人と深い人間関係を構築するほうが高い人間性を要すると思うけど。
社会性・人間性が優れていてストライクゾーンが狭いってのは一見あり得そうだけど矛盾している。
何故、イコールになるの?
それはただ単にその人が誰でも良いだけなんじゃないの?
大体「起業するぞぉぉぉぉ!」って気合の入った人は最大限にいい表現をするとがんばりや、悪く言えばワーホリ。
IT系ベンチャー限定だけど、俺が見てきた人たちは大体そんな感じの人ばかり。
朝から晩まで仕事して寝てまた起きて仕事して、たまの休みにはやることがないみたいな人生を送る人が非常に多い。
逆に言えばそれぐらいじゃないと起業って成功しないのだと俺は思っている。
で、
いや、そういう人は、ついて行けばいいだけじゃないの?
中心となって起業する人に。
こういう人についていくと必然的に同じような働き方を要求されるので、解釈次第ではブラック企業が出来上がる。
同志として一緒に朝から晩まで働く分には好きにしなさいって感じだけどさ。
偶然、偶然いってるけど それは必然、必然いってるのと一緒やん
つまり、すべて最初から決まってるからと諦めてるのと同じやん
っていうツッコミでは? つまり~~以降の真意は正確にはわからんが。
他にも、苦しみとか努力とかコストとか何でも言葉を換えられるし。
或る出来事について、必ずその出来事と関係して生じる事を指摘されても
同義反復的な、証明にしか思えない。
なんていうか、林檎を食べれば、味がするっていう文と同じ構造というか。
僕が自主性よりもまわりの流れに身を任すのは、
と考えているからだ。
出会う人々も必然。
当然、どこに生まれついてもどんな能力でも
持っていくことは最低限必要だけれども、
こういうのは「あきらめ」っていうんだろうか。
どうも違うように感じるのは自己弁護なのだろうか。
http://anond.hatelabo.jp/20100302194635
なんで、このコメントが私の記事にぶら下がっているんだか、まったく理解不能。
相手の親とまったく付き合うつもりがないなら、不安定でも「事実婚」くらいで満足しておいたほうがいいと思うよ。
結婚は「お互いに相手の面倒をみます」って契約だから、するに越したことはないけれど、元増田と彼女の場合、必要ないんじゃないかな。
私は前の投稿、こう締めくくっている。これは「相手の家族と付き合わない結婚だってありだ」って話だよ。
さて、文句いっぱいある。
昨夜から考え続けて、世間一般の考え方というのが俺から大きく剥離しているということに気づいた。
・24なんて人生のひよこなんだから、そんなパーフェクトな人生計画作る必要も無いと思うよ。
こういうコメントがついているんだけど、俺にはこれが全く理解出来ない。
俺が思うに、人生と言うのは一回ミスったら結構死ねるものだと思う。
例えば、俺は大学に行くために二年間働いたし、その間に受験勉強も続けた。
もし受からなかったから、俺は天涯孤独の身の上の無職として就職活動をして生きていかなければならなかった。
実際のところ、俺は今の立場がなければ部屋を借りるのすら苦労する身の上なわけで、
「パーフェクトな人生計画」の無い人生ってのが全く理解出来ない。むしろ、そんな風船頭で生きてる人間多いことに愕然とした。
俺は人生のひよこだけれど、ヒヨコは一回ミスったら死ぬ。それが俺が人生に対して抱いてきた思いだし、
ヒヨコであるからこそ、計画はパーフェクトにしなければならないというのが俺の考え。
この部分、ほかの増田のコメントに対するレスであって私のコメントとはなんの関係もない。けど、15で父親亡くして中卒で就職して夜間高校を出た夫(もう亡くなった)がいた身からコメントすると、誰も元増田のことを保護してくれないのだから、自分に好意を寄せてくれる相手は大事にしなければならないのじゃないの? もちろん、しっかりした計画は大事だけれど、特に子供のことなんて不確定要素が高いんだよ。ほかのコメントで、ほかならぬ元増田が書いているように、出来てしまって彼女に産むと言い張られたらどうしようもないじゃん。
元増田の最大の問題点は「何もかも自分のコントロール下に置ける」と考えていることだ。それは別に親がいようがいまいが関係ない。元増田の孤立しやすい性格からくるものだ。親に先立たれた私の夫は好意を寄せてくる相手には誠心誠意尽くして、赤の他人と助け合う関係を築いていったよ。
そうしなければ生き延びられないからね。
元増田は肝心なことを忘れているというか、理解していないけれど、元増田の頑張りを応援する人たちがいたから、元増田は生き延びてきたんだ。やりたいことをしてきたんだ。バイトで雇ってくれる人たちがいなかったら、どうやって学費を工面したのさ? 自分で自分の面倒が見られるようになる7歳まで、誰が元増田の面倒を見てきたのさ? 親と同等とはいかなくても、保護してくれた人たちがいるから、今生きてるんだろうが。保護する人が本当にいなかったら、死んでるんだよ。児童虐待で死んでる児童、何人いると思ってるんだよ。
思うに、俺に対する世界のありようと俺以外の多くの人にとっての世界のありようは違う。
それはただ単に「違う」ということだし、どちらが正しいわけでも間違ってるわけでもない。
純粋に違うっていうだけだ。俺は「家族」ってものと結びついた結婚観が一つも理解出来ないし、
彼女の父親や多くの増田にとっては「家族」と結びつかない結婚観ってものが理解出来ない。
それは純粋にイーブンであって、正誤で語られる筋合いのものじゃない。
俺が「家族」のことを視野に入れず結婚を考えることが、多くの増田や彼女の父親にとって「身勝手である」のと同じロジックで
「結婚」について「家族」のことを視野に入れる彼女や増田が俺から見れば「身勝手」なんだ。
そもそも、家族がいなければ(その観念を理解していなければ)参加できない「結婚」っていうゲームに
俺が振り回される必要は何もない。やっとわかった。俺は、家族を持ってる奴らが全員大嫌いだ。
おまえらが俺を嫌いなように、俺はおまえらが大嫌いだ。
おめでとう。問題点に到達したじゃないか。結婚と家族は切っても切れない。だって、結婚するってことは、彼女と家族になるってことだからね。それが嫌だと言うのなら、法律上の結婚は出来ない。私は親に愛されなかったから、愛されて育った子供なんか大嫌いだ。親に計画を妨害されてばかりいたから、親に足引っ張られず、自分で自分のことを決められる奴なんか大嫌いだ。でも、仲良くやっていくよ。だって、世の中の大半の人はそういう人たちだから。にっこり笑って、けっして近寄らないけどね。でも、噛みついてもいいことはない。生きにくくなるだけだ。
元増田がこれから出会う大半の人は、「家族を大事にする人」だ。外資系なら日本のようなベタベタな家制度はないから大丈夫だと思っているかも知れないが、例えばアメリカなんかは「家族愛」ってものは神聖視されているくらいだ。「息子が病気なので仕事辞めます」ってフツーに言う世界だよ。
だから、元増田は理解しなければならない。でないと、この先社会で生きていけない。「家族」というのは、大半の人にとっては大事なものなのだと。具体的にどういうことかと言えば、彼女に「親父か、俺か」なんて迫らないということだ。まったくわかっていないようなので言うけれど、元増田は「家族は守り合うものだ」って概念がない。だから父親や母親と縁を切って、元増田と結婚したら彼女はひとりぼっちになってしまう。誰の助けもあてに出来なくなる。
だって、元増田が言っているのは「これからは、俺だけを家族と思ってくれ」ではなくて、「家族なんてものは信じるな」ってことだからね。人と繋がって支え合って来た部分を切り捨てるなんてことは、まともな社会常識があれば出来ない。出来ないことを求めるのは、現実を見ていない夢想家のすることだ。ちゃんと現実を見ろ。
俺が人生プランを練って「身勝手」に生きるのは俺が生きることに結びついた必然だし、
俺はそれ以外の方法では生きてこれなかった。同様に、彼女が「家族」という観念を持って生きてきたことも
彼女が生きてきたことに起因する必然だ。俺が譲る必要も、彼女が譲る必要も全くない。
どちらも平等に身勝手なんだ。
私は元増田が身勝手だなどとは言ってないぞ? 身勝手なんかじゃない。考えが違うだけだ。どうしても「家族」ってもんが嫌なら、結婚はあきらめて事実婚くらいで満足しておけばいいだろ? 彼女もそれでいいんだろ? 彼女は、元増田の考え方についていくんだろ?
だけど、他人とうまくやれない人間は、そのうち社会から隔絶してっちゃうから、そういう風にかたくなだと、元増田の「パーフェクトな計画」だって、どの程度の実現の信憑性があるかは怪しいものだな。口だけ男とくっついていてもいいことないから、別れようとするかもな。
やっとわかった。家族がいない者に対しては誰も歩み寄ってくれない、殴られる。
えーと、彼女は歩み寄って来てるんだよね? それで十分じゃないの? 反論は一つ例を挙げれば十分だと思うから、言わないけど、ほかに毒親に苦しめられてる奴らとか、同じように家族がいない者とか、歩み寄ってくれそうな立場の人はいっぱい思いつくよ。
俺も歩み寄ることはしない、歩み寄るというのは双方がすべきことで一方がすべきじゃない。
考えてみれば、家族を知らない俺に対して家族のことを理解して、家族を前提とした結婚っていうゲームに参加しろと
要請する彼女は俺と同じ程度には残酷じゃないか。最初から参加不能なゲームに参加を要請された俺だって
怒る権利くらいはあるだろう。俺にはそのゲームへの参加権がないんだから。ひどい話だ。
「家族になろうとしている」と俺に対して迫ってくることが、
私は「理想の父親像」を元にフィクションを書いてみせただけだから、マジで当たっちゃうとは思わなかった。そうなんだ。彼女の父親「家族として迎えよう」みたいに考えちゃうひとなんだ。それはきついね。
「ぼくの地球を守って」ってマンガ知ってる? 日渡早紀って人が書いてるんだけど。そこに出てくる「紫苑」ってキャラクターの考え方そのものだよ。それ。彼は戦争孤児で他人を殺して生き延びてきたんだけど、元増田は現代の日本の生まれだよね? どこぞの国で少年兵をしていたとかって話じゃないよね?
で、そのマンガを読んでいるから、そういう考え方自体は理解出来る。最初から家族が居て、居心地いい思いをしてきた人たちは、居ない人は気の毒だ、家族が出来たら喜ぶだろうって短絡的に考えるんだよねえ。家族ってのは特別な関係なんだから、他人がのこのこ「家族になりましょう」なんて言ったって、なれるわけないんだ。なれないものになろうと言われたら苦しいだけだ。紫苑は、そういうところをよくわかった養父に育てられて「他人に心を開くこと」を覚えるんだけど、元増田には残念ながら心のケアまでしてくれるひとはいなかったみたいだね。
相手が俺のことを理解出来ないように、俺が相手を理解してやろうとしなくても良かった。
俺が彼女と彼女の父親に突きつけるべきは、俺か父親かの二択しか結局のところ残らない。
それは、向こうの身勝手と俺の身勝手がぶつかってるだけの話で、俺が倫理的に悩むべきことじゃない。
彼女の父親が悪くないように、俺だって一つも悪くない。
明日ケリをつけてさっさと終わらせる、殴られた分は勉強代として飲み込むが
それ以外を飲み込む気は全くなくなった。
彼女からは「時間をかけて和解すればいい、思うままにしろ」という風に言われているが、
もうこの結論では俺は納得しない。俺か父親かどちらかを選ばない限り、ゼロに戻す。それ以外にはない。
なんで、こんな結論になるんだか、さっぱりわからないんだけども。
悪くないんだから、謝罪することも謝罪させることもなく、静観しておけばいいでしょ? 彼女に何を選ばせることになるのかは、前に書いたから繰り返さないけれど、現実的に考えて、彼女が家族との関わりを切るなんてことは不可能だよ。彼女との付き合いに将来の可能性を見いだしたいのなら「俺が家族になるから」と言うしかないのだけれど、それは絶対に言えないことなんでしょ?
元増田を理解する人はもう現れているじゃないか。手放していいの?
昨夜から考え続けて、世間一般の考え方というのが俺から大きく剥離しているということに気づいた。
・24なんて人生のひよこなんだから、そんなパーフェクトな人生計画作る必要も無いと思うよ。
こういうコメントがついているんだけど、俺にはこれが全く理解出来ない。
俺が思うに、人生と言うのは一回ミスったら結構死ねるものだと思う。
例えば、俺は大学に行くために二年間働いたし、その間に受験勉強も続けた。
もし受からなかったから、俺は天涯孤独の身の上の無職として就職活動をして生きていかなければならなかった。
実際のところ、俺は今の立場がなければ部屋を借りるのすら苦労する身の上なわけで、
「パーフェクトな人生計画」の無い人生ってのが全く理解出来ない。むしろ、そんな風船頭で生きてる人間多いことに愕然とした。
俺は人生のひよこだけれど、ヒヨコは一回ミスったら死ぬ。それが俺が人生に対して抱いてきた思いだし、
ヒヨコであるからこそ、計画はパーフェクトにしなければならないというのが俺の考え。
だって、誰も俺のことを保護してくれないのだから。ヒヨコが独りで生きるってのはそういうことだと思う。
思うに、俺に対する世界のありようと俺以外の多くの人にとっての世界のありようは違う。
それはただ単に「違う」ということだし、どちらが正しいわけでも間違ってるわけでもない。
純粋に違うっていうだけだ。俺は「家族」ってものと結びついた結婚観が一つも理解出来ないし、
彼女の父親や多くの増田にとっては「家族」と結びつかない結婚観ってものが理解出来ない。
それは純粋にイーブンであって、正誤で語られる筋合いのものじゃない。
俺が「家族」のことを視野に入れず結婚を考えることが、多くの増田や彼女の父親にとって「身勝手である」のと同じロジックで
「結婚」について「家族」のことを視野に入れる彼女や増田が俺から見れば「身勝手」なんだ。
そもそも、家族がいなければ(その観念を理解していなければ)参加できない「結婚」っていうゲームに
俺が振り回される必要は何もない。やっとわかった。俺は、家族を持ってる奴らが全員大嫌いだ。
おまえらが俺を嫌いなように、俺はおまえらが大嫌いだ。
俺が人生プランを練って「身勝手」に生きるのは俺が生きることに結びついた必然だし、
俺はそれ以外の方法では生きてこれなかった。同様に、彼女が「家族」という観念を持って生きてきたことも
彼女が生きてきたことに起因する必然だ。俺が譲る必要も、彼女が譲る必要も全くない。
どちらも平等に身勝手なんだ。
やっとわかった。家族がいない者に対しては誰も歩み寄ってくれない、殴られる。
俺も歩み寄ることはしない、歩み寄るというのは双方がすべきことで一方がすべきじゃない。
考えてみれば、家族を知らない俺に対して家族のことを理解して、家族を前提とした結婚っていうゲームに参加しろと
要請する彼女は俺と同じ程度には残酷じゃないか。最初から参加不能なゲームに参加を要請された俺だって
怒る権利くらいはあるだろう。俺にはそのゲームへの参加権がないんだから。ひどい話だ。
「家族になろうとしている」と俺に対して迫ってくることが、
父親と俺を天秤にかけさせるのと同じくらいに残酷じゃないか。俺は彼女の父親と家族になる気なんか全くない。
相手が俺のことを理解出来ないように、俺が相手を理解してやろうとしなくても良かった。
俺が彼女と彼女の父親に突きつけるべきは、俺か父親かの二択しか結局のところ残らない。
それは、向こうの身勝手と俺の身勝手がぶつかってるだけの話で、俺が倫理的に悩むべきことじゃない。
彼女の父親が悪くないように、俺だって一つも悪くない。
明日ケリをつけてさっさと終わらせる、殴られた分は勉強代として飲み込むが
それ以外を飲み込む気は全くなくなった。
彼女からは「時間をかけて和解すればいい、思うままにしろ」という風に言われているが、
もうこの結論では俺は納得しない。俺か父親かどちらかを選ばない限り、ゼロに戻す。それ以外にはない。
自分の会社では高卒も大卒もいるんだが、大卒のくせに上下関係・年功序列というのを知らない奴がたまに入ってくる。
高卒で入社3年目(21歳)の俺と大卒の新卒(22歳)がいた場合、必然的に「高卒の俺>ゆとり大卒」って序列になるはずだが、ゆとり新卒は高卒の先輩である俺にタメ口使ってくる。
「○○君、おはよう」みたいに。
一回ぶちきれて説教したんだが「だって僕のほうが年齢も学歴も上だし、タメ口でいいっしょ。何硬い事言ってんの?」とかほざいたんで、フルボコッにしそうになった。
おまえらにも言っておく。
社会は勤続年数が全てだ。例え年が18だろうと81だろうと、入社が早いほうが偉い。
そして1日でも早く入社した人が先輩だから、敬語を使え、頭を下げろ、命令は絶対だ。
これを忘れんな。
ttp://mabatakiwosuru.cocolog-nifty.com/mabataki/2010/02/post-ac94.html
研究には長い年月を要した。フィンランドに通って5年で、ようやくフィンランドという国の教育が理解できた。
・だから、フィンランドの教育現場を見ようとへ研修目的で行くのをよく目にするが、1回くらい行くのではフィンランドの教育はおそらく理解できないのではないか。
・だって、フィンランドの6歳が学ぶ教室って、子ども寝てたり物食べてたり、学級崩壊みたいなことになってるんだよ。
・「フィンランド式教育」というのが一時日本で流行ってたみたいだけど、あれはあんまりフィンランド的じゃないと思う。フィンランドの教育というのは、そういうことじゃないんじゃないか。
・フィンランドと日本は、文化が根幹から違う。フィンランドではよく家族みんなで夕食をとる家庭が多いというが、でも食べてるものが全員違う。それを疑問に思わない。それぐらい、文化が日本とは違う。だから簡単に真似できないし、比べられない。
・フィンランドも日本も、教育の平等を目指している。日本は全国どの学校に行っても同じ教科書で同じ教育がほどこされる(そりゃちょっとは違うと思うけど)、フィンランドはクラスごとにまったく授業の形態が違う。クラスが違えば生徒も違う。おのずと授業内容も違うだろう、平等って「同じ」ってことじゃないという考え。
・フィンランドは、勉強を競争にしない。つめこまない。勉強は子どもがするのを待つ。
・競争しないということには社会的背景も。協同する、協力するという社会基盤があるから(これは、ものすごい税金高くてもオッケイという社会的コンセンサスのことを言ってたと思うけど、本当にみんな笑顔でばか高い税金払ってるのかな)。
・あとは、フィンランドはえらい寒いから、ぼーっとしてるとそれだけで死んじゃう。子どもは死なないための力を養わなければならない。必然的に自立が迫られる。
・PISA調査は考えを自分の言葉で書かせる回答欄が多い。日本とアメリカで他国との違いが顕著。日本は分からないと「書かない」。無答率が高い。アメリカは分からなくても「書く」。無答率が低く、誤答率が高い。