はてなキーワード: サザエさんとは
んー?結局、高橋さんが「サザエさんは暴力装置だ!」っていうのは、そう指摘することだけが目的で、家父長制自体はどうでもいいってことか?
別に、サザエさんだって叩けばいいじゃん。
しかし、それは個人が勝手にやることだよね。
法的に規制してしまおうってわけじゃないんだし。
読み手として私が受けた印象は、以下のようなもの。
あなたの主張は「サザエさん」まで包括してしまうけれど、構わないのか?
「サザエさん」まで含むわけが無い、とするなら、閾値はなにか?
閾値があるとしたら、それを決める物(者)はなにか?
判りやすいものだけを例に上げて、判りやすく叩いておいでですが、
ちなみに規制論ではなく、批判としてやるなら、どんどんやれとも言っているね。
高橋さんは。
この後を受ける文章は、高橋さんの中では何なんだろう?
「~から、社会を変革を進めてサザエさんの影響力を弱めていくべきだ」
「~から、視聴者の方が賢くなってサザエさんから発せられるメッセージを真に受けないようにしましょう」
「~けれど、だからといって我々にはどうすることもできないから、そのまま受け入れるしかない」
それとも特に「べき論」があるわけじゃなく、「である」と指摘したのみなのか。
この辺がわかれば、妥協点も見つかりそうな気もするのだが。
A:「獣は檻に入れろ」論は予防拘禁につながる!
B:「男はケモノ」と称して女性差別を容認する輩へのカウンターですよ
A:メタファーとかアイロニーは関係ない、人間を人間として扱わないようなことが問題なのだ。発言者は予防拘禁論者。
B:「女を犯して孕ませろ」なんて女性の人間扱いしてないゲームもありますが
B:はあ…
A:もちろん、作品に対して倫理的に批判するのは構わないよ、「サザエさんは家父長制度を再生産する構造的暴力装置だ!」というのはOK
B:ある種のエロゲが女性に対する性暴力をポルノとして消費しているのは問題ではないですか?
A:規制しろというのか?お前は自由の敵だ!
B:サザエさんは?
B:性暴力をエロとして消費する作品も女性抑圧という構造的暴力なのでは?これも倫理的な批判にとどまると思いますが
A:そうですよ。女性差別です。それが何か?
B:「表現の自由」の重要性を認めたとしても、それによって人権侵害が起こることはあるってことですよね
A:もちろん。それは織り込み済み((註:この時点で、訴状に上っている「差別表現」がフィクション内部の表現か否かは条件になっていない。文脈に即して言うと、現実の女性差別表現について述べたものである。))
B:女性差別を認めるという「表現の自由」によって女性の人権が侵害されるなら、「表現の自由」論者はその結果に責任を負うのでは?
A:「表現の自由」にヒモを付けるな!誰に石を投げるかは俺が決める。そもそも「表現の自由」は基本的人権なんだから、義務や責任とは関係ない
B:でもその結果、女性の自由、女性の人権が侵害されるわけですよ
A:基本的人権は尊重されるべき
B:で、ですよね?でも「表現の自由」に差別まで含めると、それによって人権侵害されるケースが
A:だから?
B:無条件の「表現の自由」を奉じてる方々が何かアクションを起こすのが倫理的な…
A:倫理でしょ?法律じゃないでしょ?名誉毀損や侮辱罪になるようなこと、俺は書いてないじゃん。だったら、俺には関係ない
B:でもその結果、強者ばかり自由を乱用して、弱い立場にある人が…
A:その非対称性は捨象すべきだな。何故なら俺がリバタリアンだから
B:……
私の友人のジョンは敬虔なキリスト教徒だ。 ミサへの参加はもちろんのこと、教会が主催するボランティア活動にも積極的に関わるし、日々の祈りもかかさない。 日本へ移住したのも布教活動のためだと言うし、日本語は実になめらかである。 このバイタリティが信仰心から生まれるものなら宗教も悪いものではなかろうかとさえ思えてくる。
私自身は典型的な日本人がそうであるように無宗教に近い仏教徒だ。ジョンと友人になった経緯は既に延べた通りだが、思いおこせば奇跡的な出会いと思わざるを得ない。
さて、最近のジョンは日本のサブカルチャー、とりわけアニメに感心をもったようで、日本では誰もが知っているアニメというと何だろうと私に質問してきた。
「ポケモン」や「サザエさん」といった定番のものを紹介し、最後に「ドラえもん」を紹介した。するとジョンは「ドラえもん」に対して異常に怯えはじめた。 ドラエもんの中には悪魔がいるというのだ。
言われてみるとDORAEMONの中にはDEMONがある。 そして、ねこ大好きな純朴な人々に自分は猫型だと偽るなど実に悪魔的な諸行ではないか。そんなことにも気付かずに我々はドラえもんをほほえましい人間の味方と騙されきっていたとは自分の馬鹿さ加減に呆れる。
未だ自分が悪魔に騙されていると気付いていない愚かな悪魔崇拝者どもの目を醒させるために我々は活動を開始することにした。 この事実を広めていこうと思う。 皆にはこの文章をなるべく多くの目に触れるようにコピペしてもらいたい。
Kill DORAEMON, Kill DAEMON !!!
あと、月1日以下でもいいからリフレッシュに上の子だけでも1人で公園にでも連れて行って
くたびれさせて夕飯も作るか買うかして、奥さんに余裕を作ってあげてください。
そんな余裕のあるときに、少しずつでも家事を教えてもらって奥さんを助けてあげられると
いいんじゃないでしょうかねぇ。
家事はちょっとした手伝いしかしていません。以前は全部やろうとしていたのですが特に食事は本当に手を出すのが怖いんですよね。がんばって料理を作ったのに、おいしくないからといって怒られ、食べてすらもらえないときのダメージは計りしれないものがあります・・・。洗濯をたたむのなども、たたみ方がわからず、しまう場所がわからず・・・。こういうわけでむしろ家事は手を出さないほうが・・・という気持ちになってしまっているのですが、それでもやはり少しずつでも家事を教えてもらったり協力の姿勢を示すことは大切でやるべきでしょうか?・・・と、これは妻に聞けばいい話なので聞いてみます。(愚痴になってしまいました。。。相手に喜んでもらえなければ意味ないですもんね。トホホ。)
基本的に休日は必ず仕事を休むようにして、子守は全部私が引き受けています。遊んで、お風呂にいれて、寝かしつけて(ねなくて妻に代わってもらってしまうことはあります)。
子持ちの母親の方にひとつ質問があります。「休日に父親が子供を連れて外に遊びに行く」というのは母親にとってどうなんでしょうか?
というのも、ほかのツリーで「子供をつれて外に出る=晴れ舞台」というような話が出ていたからです。私は晴れ舞台とか、対外的においしいとはまったく思いません(無自覚なだけだとまた言われるのでしょうか?)。「いいお父さん」と思う人もいるでしょうが、「子守をやらされてる情けないお父さん」というように見る人もいると思います。どちらかというと前者の見方をするのは女性が多く、後者の見方をするのは男性が多い気がします。私はどちらとも思わず、「自分がしたいからしている。それは妻のためにもなる。他人の目は関係ない。」と思っています。(余談ですが、以前「サザエさん」では子供を連れているお父さんを見て、カツオが「そんななさけないのはいやだ」というようなことを言ったシーンがありました。)
先日子供2人を連れて買い物に行ったりしたので、これに関して妻に聞いてみたら「今日は家でも子供の面倒を見てくれていたからいい」という返答でした。つまり「子供をつれて外に出る=晴れ舞台」的な発想があるということで、軽くショックでした。こんな根本的なところでの認識の相違があるとは思ってませんでした・・・。(今回はもう勉強になってばかりです)
もうひとつ驚きだったのは「子供を連れて外に行った後、帰ってきたときに『大変だった』という感想だとちょっと嬉しい」という事です。あんまり何も問題なく父親にやられてしまうと自分の立場がない、という理由らしいです。極端にいえば「自分は授乳するだけか」という気持ちになるそうです。さすがにこれは「こんなこと言ってごめんね」という感じで教えてくれました。さらにこれは別の時に聞いた「自分が好きで育児に参加してるんだったら、大変だとか、疲れたとか言うな」という話と矛盾していて・・・本当に女心(母親心?)というのは複雑なんだなと・・・。
確かに原作マンガとアニメの出来から言えば、ドラえもんやサザエさんは圧倒的にアニメより原作が優れているのに対し、ルパン三世やクレヨンしんちゃんはアニメの方がやや優れているかもね。
はてなブックマークは、クレヨンしんちゃん原作者、臼井儀人氏が転落事故死した
確かにショッキングなニュースではあるけれど、僕にはどこかの見知らぬ人が
亡くなったという日々のニュースとあまり差はなかった。
数回暇つぶしに見た程度。
漫画も単行本で何冊か読んだけれど、まだ連載初期の漫画アクション時代のせいか、
さほど面白みも感じたことはなく。
絵が汚く、品はなく、面白くない。いかにもな青年向け漫画という認識しかない。
確かに単行本は49冊も出てるし総発行部数は5000万部。凄いとは思う。
だけど、漫画にしてもアニメにしても、妹のひまわりが増えたという変化はあるにせよ。
ドラえもんやサザエさんのように、もう19年も時は動かないストーリー回しだ。
日常的な流れでの話作りなテレビアニメ版は、原作がなくなっても続けられる。
実際に作品としての評価が高いのは、クレヨンしんちゃんの劇場版であるのだし。
「オトナ帝国の逆襲」や「戦国大合戦」のような感動巨編もまだまだ作れるだろう。
アニメ視聴メインの層にとって、臼井氏はすでに必要のない存在。
居ても居なくても、変わらないじゃないか。
みんなが嘆き悲しむくらい、クレヨンしんちゃんの漫画は本当に面白いのだろうか。
僕にとってクレヨンしんちゃんは、散髪屋の片隅に不揃いに置いてあるような。
――やられた。これは何かの間違いだと信じたかった。
端的にいってしまえば、涼宮ハルヒの憂鬱の一エピソードでしかなかった「エンドレスエイト」が、日曜夕方6時半から放映されている。エンドレスエイトは既にテレビ放送という媒体においてはほぼ“独占"といってよいほどの勢いをみせていた。初めはテレビ埼玉の木曜25:30から30分間の枠だけであったが、次第に1時間、2時間と広まり、月、火、水、金と平日深夜のテレビ埼玉は全てがエンドレスエイトになった。
「ついにサザエさんさえやられたか……」
かつては俺と同じく、ハルヒ厨であった友人がつぶやいた。エンドレスエイトの躍進はそこで止まらなかった。U局を支配していったのだ。まずテレビ埼玉からだった。22:00以降のテレビ埼玉は平日休日問わず、すべてエンドレスエイトになった。次に、東京MX。千葉テレビ。この2局は最初30分枠としてしか放映してなかったが、テレビ埼玉と同じように次第に侵略されていった。そしてテレビ埼玉がエンドレス「エンドレスエイト」放映という頃には、京アニはキー局にまでその手を広げた。
意外なことに、初めに崩れたのはNHKだった。はじめは朝のニュースに挿入された1フレームでしかなかった。まるでサブリミナルのように挿入された1フレーム。30分の1秒。それが4日続いた。毎朝。毎朝。5日後、それは木曜日だった。木曜25:30、NHKでエンドレスエイトの放映が始まった。その2日後からNHKで放映される番組はすべてエンドレスエイトに変わった。エンドレスエイトが地上波放送ではじめて放映されてから、ほぼ1年がたっていた。
「長門はもう俺の嫁じゃない……昔のつつましい長門に戻ってくれ……」
俺と同じく、かつてはハルヒ厨だった友人がつぶやく。そうだ、俺たちもかつてはハルヒを愛していた。エンドレスエイトが始まるまでは。何も俺たちに限った話ではなくてアニメを愛していたオタクたち、特にハルヒオタクたちは共有の思いを抱いているだろう。NHKが倒れてからは早かった。日本テレビ、TBS、NHK教育、フジテレビ、テレビ朝日……テレビ番組は全てエンドレスエイトにすげ替えられた。NHKが倒れてから1週間と経っていなかった。しかし、エンドレスエイトと拮抗するただ一つのテレビ局があった……テレビ東京だ。
「ワカメのおぱんつが、小学生のおんなのこのおぱんつ……おぱ……おっぱい……おぱんつ」
テレビ東京は何が起きてもアニメを放映している。他局は緊急放送流しているのにテレビ東京だけは、なんて状況も数多く見たと思う。テレ東は期待を裏切らなかった。もちろんテレビ東京だってノーダメージではない。ほとんど多くの枠がエンドレスエイトに乗っ取られた。しかし、アニメ枠だけは粘った。粘りに粘った。アニメ以外の番組はなくなった。アニメ番組も減った。だが、粘った。戦った。すると呼応するようにフジテレビの、サザエさんが復活した。ちびまるこちゃんが復活した。ドラえもんが、クレヨンしんちゃんが復活した……。そして数多のテレビアニメがその息吹を吹き返した。テレビ東京が奇跡を起こしたのだ。
だが奇跡は長く続かなかった。エンドレスエイトのとってきた次の戦法は、「劇場版」だった。エンドレスエイト劇場版三部作。上映されると同時に、アニメは一息にかき消された。三部作全てが上映された後、残ったのはサザエさんだけだった。
さめざめと泣く友人の気持ちは分かる。もはや二次元のパンティーを眺める機会など無くなってしまったのだろうなという、確信にも似た思い。最後の牙城、サザエさんさえも崩されたか。俺はまさしく絶望した。そして同時に友人の異変にも気づいた。
「ぱんつ! ぱんつ! ぱんつ!」
友人はロリコンでもないし、常日ごろから「パンツを隠さないようなつつしみの無い女は嫌いだ」などとつぶやく変人だった。その彼が下着にこれほど執着するだなんて――。どうか、している。
「おぱんつうう!!!」
友人が俺の両腕を異常に強い力でつかむ。指先から赤黒く染まっていく。まずい。尋常じゃない……。エンドレスエイトは友人の善心を奪い、狂わせている――かまれた。首筋。痛みに苦悶の叫びがもれる。俺は、死ぬのか。
――バーン!
「うっ!」
銃声に友人が倒れる。
「大丈夫かい、君!」
「た、助かりました、あなたは?」
「私はテレビ東京アニメ部門のものだ。これ以上エンドレスエイトをのさぼらせるわけにはいかない」
「……というと?」
「だが、やるしかないのだ。それにわれわれには、ヤマカン様がついてる」
「尊師ヤマカン様……京都アニメーションに対抗できる数少ない人物ではありますが」
「パヤオ、庵野、冨野らがやられた以上、奴らに拮抗できる材料はあまりに少ない。だが、やるならサザエさん攻略で弱っている今だ」
「それでも勝てる見込みは多くはないでしょう……?」
「ああ。だがこれを逃せば、一生訪れないだろう。君、いい目をしてるな。一緒にくるかい?」
「ぜひ。」
ドラえもんにしろアンパンマンにしろサザエさんにしろ、異常な長寿を誇るテレビアニメがあります。
こういった作品はいつも見慣れすぎてて、見過ごしがちなんですが、実はこれ以上無いぐらい普遍的なテーマを伝えているんですね。
特にオープニングテーマとエンディングテーマの歌詞はその作品を凝縮したものではないでしょうか。
アンパンマンの歌詞も活字にしてみると、こんなに深いことが歌われているのかと驚きます。
「なにが君の しあわせ なにをして よろこぶ
わからないまま おわる そんなのは いやだ!」
ネガティブなことがあることを認めつつも、それを打ち消す強い意志を提示するところが
健康的でとてもいい。
それと同時に残酷なまでに生命と友愛と自己犠牲のシンボルとして存在するアンパンマン象も垣間見れる歌詞でもあります。
アンパンマンは24時間体制で町の平和を守っている上に、自分の身体の一部を他人の飢餓感を埋める為に提供するという、自己犠牲の塊です。
アンパンマンはつらい時とかどうしてるのでしょうか。
私欲とか無いんでしょうか。
たまには悩み、欲に溺れ、自己と格闘するアンパンマンも見てみたいと思うのは
たぶん僕だけでしょう。
※アンパンマンはやなせさんが戦争に向かった兄弟をモチーフにして作られたキャラクターだとかいう説もあるそうで。
そう考えると、理不尽なまでに使命を受け、遂行するというスタイルも納得出来ます。
つまり戦争に行った方々には自己の葛藤とかそんなことを言える余地は無く
有無を言わさず任務を遂行していた訳ですね。
自分のやりたいことが何かで悩める現代人(アンパンマンにおける住民)は先人やアンパンマンとくらべたら、どれだけ幸せな立場なのか考えさせられます。
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられない なんて
そんなのは いやだ!
今を生きる ことで
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ
どこまでも
そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
時は はやく すぎる
光る 星は 消える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
http://www.youtube.com/watch?v=BUGh-7Y5kZA
そういえばタチコマとアンパンマンは結構かぶるところもありますね。
手のひらを太陽に - Tachikoma version
あれ衝撃的だよな。単行本に載ったのが(すこし)ふしぎなレベル。
単行本に載らなかった(勢いで雑誌に書いちゃったけどやっぱダメじゃね?的な)話ってムチャクチャなの多いからねえ。
小学生の頃てんとう虫コミックスを全巻(当時で37巻くらい)持ってるのが自慢だったんだけど、友達んちでFFランドを読んで、半数以上が読んだことのない話だったんでビックリした記憶。
大人になってから調べたら、作者がより抜いててんとう虫コミックスには収録してたみたいね。より抜きサザエさんみたいな。
http://anond.hatelabo.jp/20090414021535 の増田です。
今日も母、なんか体調悪いみたいで殆ど家事をした形跡なく、寝てるんですよね。
気圧が低いとこんな感じなので大丈夫なのかなあ。
と、思ってたら父帰宅で即座に起き上がりお茶を淹れ始めました。
配偶者を大事にしている所は本当見習おうと思います。
なるほど。韓流と漫画をくっつける!という観点はありませんでした。
しかも景福宮は前に旅行で連れて行ったから喜ぶかも。
ありがとうございます。
あー本当、なんか昔のドラマみたいでわかりやすくてよい!
とはよく言ってます。彼女の友人達も口を揃えて言っております。
でも最近なんか飽きてきたみたい。友人同士の付き合いのために見ているんじゃないの?
という発言が増えてきました。
わー!なんかこの漫画は自分も読んでみたいです(アマゾンレビューを読んで。)
未だに子育てしたい人なんで(未だ孫がいないんです。私の兄弟にも子供がいないので)喜ぶかも。
最近は桜が綺麗だったので何日かに分けて5カ所位色々歩いてきました。
万歩計が一緒になってるDSのソフトもプレゼントしたので、一万歩越えた!と喜んでましたよ。
一回入院した時はもう元気に歩き廻ったりできないんじゃないかな、
と思ってたんですが、今は大分元気です。
来週あたりこっちは八重桜が咲くので午前中は一緒に歩こうかと思ってます。
手塚漫画というのを読んだ事あるかと母に聞いた所、あれはもう少し若い子が読む物じゃないんでしょうか?
というやりとりをした事があります。
サザエさんは田舎の家にあったので大分読んでたはずです!四コマ漫画からいけるかなー。
母の実家には子供の頃近所のお坊さん(祖父と懇意)から貰ったという仏教漫画がありました。
絵柄は聖☆お兄さんにほんのり似て…無いな。戦後直ぐの発行でした。
なので複数コマの漫画も読めなくはないかなあと思ってます。
もちろんコマほぼ長方形ばっかりという美しさなんですがね。
やっぱり共感もてないものですかね。
例えば「不思議な少年」とか「車輪の下」とか「赤毛のアン」とかは
文化圏も時代背景も違えど、今でも読まれてます。
異星人ではないので何かしら心に響いてくれる物があるとは思いたいのですが。
DVDを借りてきて座って見て貰うのは安直過ぎて、老化が進んでしまわないか心配。
しかし、テレビでも若い人向けの内容だと音声はいいのだけど
映像は目まぐるしいとはよく申しております。
ビデオゲームを興じる80代のおばあちゃんの2chまとめスレッドを読んだ事あるのですが
うちの母には無理ですね。。スーパーマリオは目が疲れると20年前でも言ってました。
という訳で、漫画はやっぱり考え直した方がいいのでしょうか。
どうでもいいんですが母が「お一人様の老後」という本を買ってました。
母よ何がしたいんですか。夫婦仲は良さそうなんですが。