マジで本当に全くわかってなかったんだな。
主人公の市川は、貞操逆転後の世界は基本的に馴染めず、良いとは全く思ってないんだよ。
ただ戸惑いながらも順応しようとしてでもダメだー!というのが面白のキモなわけで
2巻のアオリなんて「女としての自分の価値がどんどん暴落していく」という表現があるわけで、
要は女の性的魅力は貞操観念に依存してて、そして自分の女としてのアイデンティティも貞操観念に支えられた妄想の産物に依拠している部分が多分にあるのでは、というのが主題なんだよね。
少なくともフェミマンコどもが言いたくてうずうずしている「男の抑圧がない!『サイコー!!』」ではまったくないということ。
たまに男の性的視線を逆転させるとどれほど滑稽かってのがあって、フェミマンコはそこにだけフォーカスしたがるけれど、
まあマンコでものを考える女の浅はかな見方、ってことなんだろうなー。
女のマンコにどれだけ価値が置かれているのかってことを客観視させるための道具立てなんだよこの漫画は。
これは女目線。
女目線だと、貞操観念が逆転しても、女はウヒョーにはならないよねということ。
ってことは、今の世界がウヒョーなんじゃね?って反問が想定されるわけで。
まあもちろん漫画だからね、女の実社会の不利な要素なんて排除してるただの娯楽なわけだから、
女=即ウヒョーなわけねーだろってのは百も承知。
だが、そんな単純で表層的で一面的な娯楽に過ぎないこの漫画をフェミの教科書とか言っちゃうバカマンコって、
どれだけ単純で表層的で一面的なモノの見方しかしてないんだろ、って話になるわけなんだよねー。
単純で表層的で一面的でしかないから、物語に面白みや厚みを加えることなんて絶対できないもの。