「要は君らの気にしていたことはマクガフィンに過ぎないってことだ。そこが重要だと考えるのは作り手と一部の狂信的ファンだけ。ヒッチコップの教えを忘れちゃいけない」
俺たちの会話をいつから聞いていたのだろうか。
そんな疑問を挟む余地すら与えず、その人は捲くし立てるように語りだした。
「大衆的なデートムービーや、アーティストが主演の映画とかあるが、ウットリ観ている彼女とウンザリしている彼氏という被害は後を絶たない。その状況を穏当に拒否できる言葉を彼氏は持っていないからだ。大人が良かれと思って見せた作品を、子供が黙って見るしかないのと同じ状態だね」
どうやら映画の話に絡めて何か言いたいようだが、俺たちにはピンとこなかった。
兄貴の話も分かりにくかったけど、この人の話は輪をかけて分かりにくい。
「あいつは隙あらば語りたいだけだから無視していいぞ。発作みたいなもんだ」
兄貴はこの状況に馴れているようで、喋り続けるバイト仲間に一瞥もくれない。
素っ気ないように思えるけれど、あっちはあっちでお構いなしにマシンガントークを止めない。
「ああいう純愛映画とかラブコメにありがちだが、上映中にイチャイチャするシーンはいい加減やめるべきだ。使い古されたシチュエーションだし、ちゃんと映画を観賞しろ貴様らとつくづく思う」
「さて、あいつが休憩所に来たってことは、そろそろ俺は交代で出なきゃいけないな」
なんというか会話のドッジボール、いやドッジボールとすら言えない状況だ。
それでも良好に成り立っているんだから、人と人の関係って思っていた以上に奥深い。
たぶん俺たち仲間の関係だって、同じくらい大らかなはずなんだ。
「お前らも、そろそろ出て行け。本当なら部外者は立ち入り禁止なんだからな」
兄貴は近くにあった手ボウキを持つと、それで俺たちを追い立ててくる。
「立ち去れ、早う去ね」
さっきまで繊細な話をしていたとは思えないほど、ぞんざいな態度で接してきた。
穂先のチクチク感と、こびり付いた埃が襲いかかる。
俺たちはたまらず、その場を後にした。
さて、後はドッペルをどうにか探して、こうにか仲直りするだけだ。
会ったら何を話すべきかは、まだ決めていない。
ただ、話すための心構えはできたような気がしていた。
「あ……」
なんとビデオ屋から出た途端、ドッペルと鉢合わせしてしまったんだ。
たぶんドッペルも色々と考えを巡らせて、兄貴に協力を求めにきたのだろう。
「い……」
「う……」
先にその空気に耐え切れなくなったのはドッペルのほうだった。
「え!?」
ドッペルは踵をかえすと、全速力で俺たちから離れていく。
「お、追いかけよう!」
≪ 前 「俺はドッペルを弟と見間違えた。その状況を切り抜けるため、どうしたか思い出してみろ」 「えーっと、陽気に振舞ってウヤムヤにしようとした?」 「確か、気のいい兄(に...
≪ 前 「それが今のドッペルを形作っている、いわばルーツってわけだね」 なぜドッペルがそうしようとしたのか、具体的な理由はハッキリしない。 そりゃあ、いくらでも推測はでき...
≪ 前 さすがに弟と間違うなんて失礼すぎる。 そりゃあ、もう焦った。 当時は、ほぼ面識のない相手だったからな。 弟の友達だが、無口な子だったからマトモに話したことはない…...
≪ 前 「そういう個人的な内実を知るのって、一定の信頼関係を得てこそだと思うんだが。お前達のやっていることは順序が逆だ。信頼回復のためにやっているのなら、こそこそ探るよ...
≪ 前 こうして俺たちは、兄貴のバイト先であるレンタルビデオ店へとやってきた。 「冷やかしなら帰れ」 兄貴は開口一番これだ。 職場に身内が進入してきたわけだから、あっちか...
≪ 前 俺たちはドッペルの真意を読み取り、その葛藤を理解しなければならない。 だけど今の俺たちでは話にならない。 そもそも現時点で分かるようなことなら、こんな事態には陥っ...
≪ 前 「何なのよ、いったい……」 辺りに重苦しい雰囲気が漂う。 タオナケはその居心地に耐えられず、蚊帳の外だった俺たちに助けを求めた。 やっと頭が冷えてくれたらしい。 俺...
≪ 前 「見た目が全てじゃないけど、第一印象になりやすいのは確かなんだから。もっとオシャレに気を使うべきよ」 「い、いつも色んな服に着替えてるよ」 「あんたのそれは変装用...
≪ 前 ドッペルが俺の兄貴に好意を持っているのは、仲間はみんな知っている。 だけど、その好意がどんな色をしていて、どんな形をしているかはボンヤリとしていた。 たぶんドッペ...
≪ 前 だけど、この日のタオナケは、しばらく経っても瞳の輝きが治まらなかった。 「あ~あ、どっかにいい感じの恋愛模様(ラブ・パテーン)転がってないかな~」 儚げに虚空を見...
≪ 前 俺たちはドッペルを追いかけた。 だけどスタートダッシュで引き離されているのもあって、差を縮めるのは困難を極めた。 さらにドッペルは右に曲がったり左に曲がったり、フ...