2020-12-23

[] #90-12「惚れ腫れひれほろ」

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「要は君らの気にしていたことはマクガフィンに過ぎないってことだ。そこが重要だと考えるのは作り手と一部の狂信的ファンだけ。ヒッチコップの教えを忘れちゃいけない」

いきなり話に割り込んできたのは、兄貴バイト仲間だった。

俺たちの会話をいつから聞いていたのだろうか。

そんな疑問を挟む余地すら与えず、その人は捲くし立てるように語りだした。

大衆的なデートムービーや、アーティストが主演の映画とかあるが、ウットリ観ている彼女ウンザリしている彼氏という被害は後を絶たない。その状況を穏当に拒否できる言葉彼氏は持っていないからだ。大人が良かれと思って見せた作品を、子供が黙って見るしかないのと同じ状態だね」

どうやら映画の話に絡めて何か言いたいようだが、俺たちにはピンとこなかった。

兄貴の話も分かりにくかったけど、この人の話は輪をかけて分かりにくい。

あいつは隙あらば語りたいだけだから無視していいぞ。発作みたいなもんだ」

兄貴はこの状況に馴れているようで、喋り続けるバイト仲間に一瞥もくれない。

素っ気ないように思えるけれど、あっちはあっちでお構いなしにマシンガントークを止めない。

「ああい純愛映画とかラブコメにありがちだが、上映中にイチャイチャするシーンはいい加減やめるべきだ。使い古されたシチュエーションだし、ちゃん映画を観賞しろ貴様らとつくづく思う」

「さて、あいつが休憩所に来たってことは、そろそろ俺は交代で出なきゃいけないな」

なんというか会話のドッジボール、いやドッジボールとすら言えない状況だ。

それでも良好に成り立っているんだから、人と人の関係って思っていた以上に奥深い。

たぶん俺たち仲間の関係だって、同じくらい大らかなはずなんだ。

「お前らも、そろそろ出て行け。本当なら部外者立ち入り禁止なんだからな」

兄貴は近くにあった手ボウキを持つと、それで俺たちを追い立ててくる。

「立ち去れ、早う去ね」

さっきまで繊細な話をしていたとは思えないほど、ぞんざいな態度で接してきた。

穂先のチクチク感と、こびり付いた埃が襲いかかる。

俺たちはたまらず、その場を後にした。

…………

さて、後はドッペルをどうにか探して、こうにか仲直りするだけだ。

会ったら何を話すべきかは、まだ決めていない。

ただ、話すための心構えはできたような気がしていた。

「あ……」

そうはいっても、この出会いはグッドタイミングすぎる。

なんとビデオ屋から出た途端、ドッペルと鉢合わせしてしまったんだ。

たぶんドッペルも色々と考えを巡らせて、兄貴に協力を求めにきたのだろう。

「い……」

「う……」

互いに気まずい空気流れる

先にその空気に耐え切れなくなったのはドッペルのほうだった。

「え!?

ドッペルは踵をかえすと、全速力で俺たちから離れていく。

「お、追いかけよう!」

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