2020-12-20

[] #90-9「惚れ腫れひれほろ」

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さすがに弟と間違うなんて失礼すぎる。

そりゃあ、もう焦った。

当時は、ほぼ面識のない相手だったからな。

弟の友達だが、無口な子だったからマトモに話したことはない……くらいの印象だった。

その程度の間柄なのに、ちょっとフザけた感じで声をかけてしまったのも気まずい。

だが一度そう振舞ったなら、なかったことにはできなかった。

俺は気さくな対応を崩さず、徐々に軌道修正することにしたんだ。

「俺のこと覚えてるか? いつも弟が世話になってます、なんだが」

やや大袈裟に身振り手振りを交えながら、俺は一方的世間話を始めた。

シチュエーションイメージは、こうだ。

俺は気のいい兄(あんちゃん

弟の友達を見かけたので、何の気なしにしかけた。

弟と呼んだのは冗談、もしくはあっちの聞き間違い。

そう遠まわしに思わせて、有耶無耶にしようとしたのさ。

「帰り道こっちなんだな。ご近所さんとは知らなかったぜー」

だけど俺は演劇部じゃあない。

アドリブ時間をかければかけるほど苦しくなっていく。

「……お?」

その時、俺の顔に何か冷たいものが当たったのを感じた。

今まで中ぶらりんだった天気が、いよいよ本格的に傾こうとしていたんだ。

“天の恵み”なんていうけど、正にこういうことなんだと思ったね。

「ごめんな、引き止めて。お詫びと言っちゃなんだが、これ使えよ」

俺は話を強制終了して、手ぶらだったドッペルに傘を握らせた。

しかしたら折りたたみ傘を持っていたかもしれないが、どちらでもいい。

とにかく、この場から自然に立ち去れる機会だったからな。

「遠慮すんな。兄は弟を大事にするもんだ。弟の友達は、同じ弟みたいなもんだよ」

申し訳なさそうにするドッペルに、俺は気にするなと言いながら退散した。



「いま考えても、我ながら強引な対応だったな」

兄貴は気恥ずかしそうに、そう語った。

「そこは相合傘くらいしてほしかったな~」

その話に対し、またタオナケはこじらせた感想を言っている。

まあ確かにマンガのように綺麗じゃないし、劇的なエピソードとは思えない。

それでも、ドッペルにとって何か感じ入るものがあったのだろう。

実際、俺の変装をし始めたのも、その頃だった気がする。

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