皆さんお疲れ様です。
一応は広義の病院勤務の医療従事者です。俺はそんなには疲れてないです。抑え込みに成功してる地域だし、ウチは指定病院じゃないし、訪問者が減ってる分いつもより楽なくらいです。
それでも一応、怖いものは怖い。欠片でも同情するなら、現場へのエールの一環として話でも聞いてよ。無敵のトイレおじさんの話。
完全に手ぶらだし、余裕たっぷりで慣れた感じだし、先生かと思ったよ。
まあ、いるよね。いるいる。そっちのが近いからって職員用の通用口じゃなくて正面玄関を使う先生。規則知ってるくせにとぼけちゃってさ。俺も三桁からいる職員の顔を全部把握してるわけじゃないし。それにほら、医師免許持ってる人間ってさ、時間外だと看護師とか事務方なんかよりよっぽどラフな格好してるもんな。
でも騙されないよ。
なんか違うもん。あんたなんか違う。
あー、トイレ借りたいってね。
なんか初めて来た風な口きいてるけど、違うでしょ?
いやさ、割とそういう人いるしさ。
でもやむにやまれぬ事情で初めてトイレ借りに来た人間はあんたみたいに迷いのない目で悠々と歩を進めたりしないんだ。
導線を遮って絶対邪魔になる場所においてある手指消毒の依頼や全面面会謝絶の掲示に大抵は立ち止まるし、足を止めないまでも緩めて視線くらいは向けるんだ。
飛沫防止のビニールシート張り巡らせた仮設の受付見たら、わざわざ呼び止めなくても立ち止まるよ。あとトイレ借りたいなら許可して欲しくて積極的に話しかけてくる。
待って。
それ以上進まないで。
なんであんたらってそんなに強いの?
こっちの理屈が内閣府のお墨付きだろうがグローバルスタンダードだろうが不特定多数の人命が懸かってようがそっちの方が強い。どんな理屈を振りかざしても一ミリも揺るがない。
すごいよね。
でもさあ。
せめて今は勘弁してくれよ。
別に漏らしそうなわけじゃないだろ。水道代勿体ないからとかだろ。あんた絶対近くに住んでるよな。帰れよ。
俺はウイルスの追跡調査の書類になんて書けばいいんだ。「トイレ」ってか? 嫌だよ。止めてくれよ。
その先は明日をも知れない危篤状態の患者の家族が、例外的に防護服を着こんで進む場所なんだよ。
頼むよ。
トイレ済ませたら手を洗えよ。
なあ。