失恋をした。誕生日に貰ったピンクゴールドの腕時計は、わたしにはちょっと不釣り合いに大人すぎたのかもしれない。
あなたにとって腕時計とは?という問いをご存知だろうか。合コンとかで使うような、お遊びの心理テストだ。
……この問いに対する答えは、そのまま「あなたにとって恋人とは?」の答えに置き換えられます、というのがこの心理テストだ。
話は変わるが、わたしにはずっと恋人がいなかった。イコール年齢の21歳だった。大変。ついでに高校のときからずっと腕時計も持っていなかった。恋人も、腕時計も、ぼんやり欲しいなあとは思いつつも、それを得るための努力をしなかった。たぶんそれは、「まだ必要でないもの」だったのだ、わたしにとって。
それがなんの因果か、夢みたいな恋をして、突然奇跡が降ってきて、わたしはピンクゴールドの華奢な腕時計を手にした。
人の輪の中心にいて、きらきらして、それでいてわたしに笑いかけてくれるような人だった。優先順位をつけるのが下手で、馬鹿で優しい人。はしっこで憧れを丁寧に育てていたら、突然全部を掬いとって恋人にしてくれた。なにがなんだかわからなくて、全部がチカチカ眩しくて、冗談でなく直視もままならなかった。
そんなキャパオーバーのしあわせにあっぷあっぷする日々から、少しだけ上手に泳げるようになると、見えることが増えてきた。たべものをまずいっていうこと、ゴッホのひまわりを知らないこと、環境に恵まれてなお人生はずっと楽しくないと言い切ってしまうこと。そういうしようもないかなしいことがチクチクした。誰もが嫌がることじゃない、わたしだったから嫌だと感じてしまったこと。
そうしていくつもすれちがってしまった結末は冒頭のとおりだ。
誰も悪くないけれど、こうなることは避けられなかっただろうという確かな予感があった。
まだ、好きだけど、君がわたしを好きじゃないならもういいよ。素敵な経験をありがとう、たのしかったよ、なんて軽やかに強がって笑って、模範解答みたいなお別れをして、家に帰って少し泣いた。ああ、好きだったなあ、たぶん今もちょっと。わたし、夢みたいな恋をした。なんて。
そうしてピンクゴールドの腕時計を外して、軽い左手首をさする。この腕はこんなに自由だったか。こんなに、さみしかったか。
腕時計が欲しくなった。もっとかわいくてときめくような、子供っぽくていいから自分の好きな時計が。わたしにとって腕時計が、「ないと落ち着かないもの」になっていた。或いは、「いまほしいもの」かもしれない。いずれにせよ、このさみしさを持て余して「まだ必要でないもの」だなんて思えなかった。
彼の彼女になれる人は、きっとしあわせだけれど、わたしがもうそうなりたいとは思わない。腕時計は、ピンクゴールドでなくたっていい。わたしは、わたしの腕時計を探そうと思う。はやく買いに行こう。ついでに合コンにでもいこうかな。
価値観の変化を、こうも感じることがあるとは思わなかった。まとまりがないけれど、この腕時計に感じたメタファーとわたしの失恋の整理を兼ねて言語化したかった。だけ。です。ありがとう。
あーあ、好きだったなあ。