私は夢見りあむが好きだ。
夢見りあむには何もない。世界から顔を背けながら、顔と乳と太い実家のおかげで生きてこられた人間だ。
けれど、彼女のような人間が輝くからこそ救われる人間もいる。あんな奴がアイドルとして輝けるのだから、自分のような人間が生きていたっていいのだと。
大した努力もできず、現状を変える手段を持たず、変えようという覚悟すらない人間。例えば私のような。夢見りあむはそんな人間の希望になれるはずなのだ。
だから私は夢見りあむが好きだ。総選挙でも活躍して欲しかった。
熱意と愛のあるダイマが飛び交い、オシャレな応援動画を作られ、遊ばれオモチャにされながらも他のアイドルと同じように輝いてくれると、そう思っていた。
しかし、夢見りあむを取り巻くムーブメントはそういった活動を全て意味のないものにしようとしている。
私は許せない。全てのプロデューサーの熱意を、愛を、何もかも無駄で無意味なものだったと切り捨てようとしているこの流れを許せない。
運営やコンテンツへの憎悪を彼女に背負わせ、ストレス発散のために利用している奴らを許せない。
もし彼女がシンデレラガールになるとしても、こんな悪意や憎しみに塗れたガラスの靴なんて渡したくない。
夢見りあむに投票している人の中にはかつて懸命にプロデュース活動をしていた人もいるだろう。今の仕組みに絶望し、革命に希望を託した人達が。
しかし、今あなた達が成そうとしている革命は、あなた達のこれまでをも完全に否定するものだ。それは弱者の希望などではない。全てを破壊する絶望だ。
今のシステムに希望は無いのか。本当に壊さなければならないのか。それは違うと思う。
地道な努力が実を結ぶことだってあると関裕美や白菊ほたるや佐城雪美が証明してくれた。
結局は運営様の匙加減かもしれない。あとどれだけ待てばいいのかも分からない。それでも、コンテンツが続く限りチャンスはある。
だが夢見りあむに投票する人々はこれから生まれるはずのチャンスすらもぶち壊そうとしている。
焼け野原の跡には何が残る?多くの場合何も残らない。燃えたら燃えたでそれっきりだ。
もし城跡に新たな城が立ったとしても、それが今よりも良いものだとは限らない。運営が変わらない限り変わることはないだろう。
状況は好転せず、全てを破壊しつくして革命ごっこは幕を閉じる。
私は、シンデレラガールズのこれまでを無意味だなんて言われたくない。これから夢見りあむに与えられるはずだったものを穢されたくない。
多くのプロデューサーたちが築き上げてきたものを、夢見りあむにも与えられるはずだった未来を壊されたくない。