2018-04-09

某有名写真家写真に漂う不気味さ

を以前から感じていた自分感覚を褒めてあげたい。自分美術の授業は好きだったけど、別に芸術勉強をしっかりしたわけではない。けれどどうもあの写真家写真から、無機質なのに生々しい違和感加虐性暴力性みたいなのを感じてしまう。そういうのを売りにしてたのかはしらん。そういうのを生命リビドーとか性の躍動とか人間の業とかうんたらかんたらとかいって有難がる人もいるとは思う。

でも大学で周りがいくら良いと言っていてもどうも腑に落ちなかったし、お節介友達が手持ちの中でも厳選した写真集を貸してくれた時も、なんでこの人がこんなに評価されてるんだろうとしか思えなかった。(同じ友達からライアンマッギンレーの写真集を借りたときは、なんかわからんが良いなぁと思えたから、別にその友達のおススメを否定したい気持ちがあったわけじゃないと思う。)

写真をきちんと学んだことはないか写真勉強した人が聞いたら怒られるだろうけど、それなりのカメラで白黒にして多少画面がガサついていて『普段まりお目にかかれないエロい構図、アンニュイ光景』を撮ればそれなりにみえるよね??ね?

結局それっぽいことやってた人の中では『日本最初地位確立&エキセントリック狂人』っていうイメージが、凡人が考える芸術家像にしっくりきたっていうのが今までしぶとく評価されてきた理由なんだろうな。広告写真では、被写体個性を殺す写真家は逆に重宝されるのかもね。

美術時間に、その人が作った作品を見たらその人の人間性がわかるって先生に言われて『んなアホなぁ』と思ったんだけど、今はその言葉あながち間違いじゃないのかなぁと思う。

自分に甘い人は最後の詰めが甘いし、大雑把で性格の人は作品の端が折れてたりするし、繊細な人は繊細な色使いとか消えかかりそうな線を書くし、自分が正しいと根拠なく信じ込んでる人の絵は力強いし、美術教師にウケがいい作品を作る人は自分が無くていずれ苦労するし。(ちなみに最後の例は自分です)

思えば、美術教師放課後妙にニヤニヤしながら作品を見てたのは、隠された性癖とか傾向を覗きこんでたからなのかなぁ。くそっ圧倒的羞恥

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