2018-02-24

最初に0を考えた人はスゴイ

0という概念を周囲に認めさせたことがスゴイ。

これは簡単なことじゃない。

例えば俺が0の無い古代文明タイムマシンで行くとしよう。

タイムマシンは実現しないと言われているが、多分えらい人が遠い未来発明してくれるはずだ。

しかし遠い未来では俺の寿命が間に合わない。

でも不老長寿くらいなら俺の寿命ギリギリ間に合うんじゃないだろうか。

そうして生きながらえて、タイムマシン発明されて、やっと過去にさかのぼれる。

はいえ、おいそれとは過去には行けない。

妙な身なりで古代にない言葉で話せば怪しまれる。

そして妙な噂が立つだろう。

その挙句

「おお、神様が顕現なされた。この方の言うことは全て正しいはずじゃ。」

などとなってしまうかもしれない。

そうなると俺がしたい説得にならず目的を達成できない。

もちろん神仏恐れぬ命知らずの現実主義者がいたらそいつは食い下がるかもしれないが、

逆に意気地になって何を言っても聞こうとしないかもしれない。

古代価値観ではその向きこそ違えど、どうしたって人知の及ばぬ存在を畏れているのだ。

とにかく衣服は現地で調達しなければならない。

言葉も覚えないといけない。

体型も現代に比べて痩せて筋肉質で日焼けもしているべきだろう。

身長は180cmだが、これはおそらく巨大過ぎる。

未来技術で150cmくらいになっておく必要がある。

そうやって人体を改造したとしても、本命の説得対象となる人物に行き着く前に練習必要だ。

5〜6地域はバレ覚悟体験しに行くしかないだろう。

その中では当然サスペンスもあればロマンスもある訳だ。

俺を殺して生き血を吸いに来る邪教の狂信者

苦楽を共にした村の連中。

互いに慈しみあった麗しき娘。

気がつくとそんな毎日がたまらなく生活が好きになっている自分がいた。

俺にはこの世界こそが現代なんだ。

つの日か、俺はヤムド山の樹海深くに隠したタイムマシンを呼び出した。

誰も乗っていないタイムマシンのコックピットにそっと手紙だけを置き、元いた時代へと飛ばした。

ある霧深い朝のことだった。

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