「いや、俺もよく知らない」
となると、母さんか父さんの知り合いか。
「ねえねえ、誰が結婚するの」
「ノムさんだと聞いたが、よくは知らないなあ」
「私も知らない」
どういうことだ。
「じゃあ、一体どういう経緯で俺たちは招待されたんだ」
おかしいな、さっき俺が聞いたときは「知らない」って言っていたのに。
兄貴はなんだかバツが悪そうで、最初から目があっていなかったかのようにそっぽを向いた。
「結婚披露宴ってな、すごく金がかかるんだぜ。そんなことしなくても結婚は出来るにも関わらずだ」
「その話が、俺の疑問とどう関係あるの?」
「まあ聞け。で、なんで結婚式なんてするかっていう理由についてだ」
「うーん……『私たちは結婚しまーす』っていうのを知り合いの人たちに見てもらうため、とか?」
「まあ一口には言えないが、有り体にいえば見栄を張るためのものってところだろうな。そして見栄を張るのには金がいるってことさ」
そこまでして見栄って張りたいものなのか。
……けど、依然話は見えてこない。
「その見栄のために俺たちまで招待されたってこと?」
「そういうことになるな」
「違う違う。俺たちは、あくまで当事者が見栄を張るためのエキ……おっと」
突拍子もなく、全く関係のないことを囁いてくる。
いつも通りの仏頂面なのに、声だけは不自然に優しいトーンでキモい。
「となるとゲームソフトも必要だ。やりたいのがたくさんあることだろう。今は多くなくても、これからドンドン増えてくる。時は待ってくれない。お前の小遣いだけで賄うのは大変だ」
兄貴はそう言いながら、おもむろに財布を取り出す。
「ましてや近年は娯楽も多様化している。ゲームだけでは子供の飽くなき欲求は満たされないだろう?」
財布から抜き出した一枚の紙。
そのデザインに俺の目は釘付けだ。
「この世には金で買えない物も勿論ある。だが金で買えるものの方が圧倒的に多いのも事実だ」
「余剰な金ってのは必要なものじゃないかもしれない。だが便利なものではある。そして便利なものに依存するのは人間の本質だ」
つまり、これ以上は詮索するなって言いたいようだ。
俺は喜んで騙されることにした。
無言で、小さく頷いて見せる。
「釣りはいらない。たまには兄の貫禄を弟に見せつけてやらないとな」
「オッケー! 兄貴は見栄を張ったってことだね。俺はそう解釈することにするよ」
「お前のような賢い弟をもって誇り高い」
兄貴の表情は変わらないが、その声の調子からホッとしているのが分かった。
「それにしても太っ腹だね。兄貴は財布の紐が固い人だと思ってたけど」
「なあに、安いもんだ」
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