RPGゲームの目的は、基本的にはラスボスを倒して、当初のストーリー上の目的を達成することだ。しかし、ラスボスも99レベルまであげなくても倒すことができる。
当初の目的はラスボスを倒すことなのに、それ以上のコストをかける必要はない。最近は達成だとかコンプ率とががあるが、それはやりこみであって、本来の目的ではない。手段が目的化している好例だ。
では、人生においてはどうだろうか。 人はどこまでレベルアップしなければならないのか。
教育においては、小学校、中学校、高校、大学、大学院と、さらにその先もある。
他の分野でも、その能力を上げることでレベルアップすることができる。スポーツしかり、専門職しかり。
ただ、レベルアップにはコストがかかる。時間が必要だし、努力が必要だし、お金も必要だ。しかも、ある程度までレベルアップすれば、頭打ちになり、それ以上レベルアップするには更なるコストが必要だろう。
結婚して、子供2人で、その子供を大学まで卒業させる、という目標ならば、大学や大学院まで行かずともできるし、課長や部長にならずともできるかも知れない。そのような人生のプレイングも可能だろう。
しかし、それは人生が始まったときから目的が最初から設定されていて、その目的達成のために何が必要が、あらかじめわかっている場合だ。
人生にはRPGゲームのように、最初からの目的はない。しかも、その目的は変わりうる。さらに、その環境も変わりうる。例えるなら、永遠にアップデートを続けるソシャゲのようなものだ。
このような前提の場合、ある程度の目的を達成しようと思うと、レベルを上げることに越したことはないのだが、前述のとおり、レベル上げにはコストがいる。趣味の時間も削らないといけないかもしれない。
私自身、30代後半になった今もレベル上げを続けているが、10代や20代の頃に比べ、成長曲線も頭打ちだし、そろそろレベル上げをやめて、今ある能力で達成できる目的を探すべきではないか。
テンプレラノベの冒頭文かと思った