「あなたのこと好きだけど、以前と同じような好きではないの」
そう言われて僕は固まってしまった。
散々愛し合った仲だった。
抱きしめあって許しを乞えばまたよりを戻せるとおもっていた。
別れたいというのは彼女の気の迷いで、誤解が解ければ許してもらえる、いや、いっそ許してやろうとすら思う甘えがあった。
だからあまり感情の起伏を感じさせない彼女のセリフを聞いて固まってしまった。
「そっか」
とやっと呟くように返事を返した。
感情では抱きついて泣きついて翻意を促したいのだけれど、理性では彼女が別れたいと思うのは仕方ないと思って、何もできないし感情もうまくあらわせない。
数分くらいどこともない一点を見つめている僕に、きっと彼女は恐怖を感じたと思う。
彼女が勇気を出して本音を話してくれたけれど、そのせいで僕らは他人になり、一瞬にしてそれぞれのパーソナルスペースは広がり、閉鎖的な空間を共有するのが息苦しくなった。
僕を愛してくれた彼女はもういない。
優しさに付け込まれて、甘えられて、そんな僕に嫌気がさして、愛情が磨耗していったのだろう。
僕でさえも自分のことをクズだと思っていたので、もう愛していないと伝えられた時、そりゃそうだ、冷静な判断を下せてやっと彼女は幸せになれる、おめでとうとすら思った。
「私刺されるんかな?」
長年付き合って一方的に別れを告げるのだから、恨まれる的な常識を元に言ったのだろうけれど、牽制の意味が全くないとは思えず、彼女の幸せを自分の幸せと同一視するくらい大事に思っていた気持ちが伝わらないほどすれ違っていたのかなと無性に悲しくなった。
そして、一生この人を愛しながら幸せを願いたかったけれど、僕がそばにいては彼女の幸せは訪れないことを知る。
「そっか、うん、仕方ない。君がそういう気持ちになったなら、どうしようもないね」
半笑いのような顔で僕は言う。
冷たく思われただろうか。
あなたの幸せを願って、あなたの邪魔になりたくなくて身を引いたのだけれどわかってもらえただろうか。
彼女を不安がらせたくないし、まとわりついて迷惑がられたくない。
最後だから抱きしめて髪の匂いを嗅いで何分も何時間も愛と感謝の気持ちを伝えたかったのだけれどそれは無理みたいだ。
「あなたと出会ってからずっと幸せでした。ありがとう」とだけ伝えて別れた。
そのまま二人の思い出の場所を車で巡ることにした。
もう彼女と会うことはない。
彼女と共にいろいろなことを共有して共に老いていく未来はもうない。
的なことを二日間くらい考え続けて、彼女と何度も来た展望台に辿り着く少し前にやっと涙がこみ上げ、それから栓が壊れたように涙と嗚咽が止まらなくなったので道端に車を止めて泣き叫んだ。
綺麗な景色の先には崖があって、アクセルを踏んで飛び込みたくなったけれど、もしかして彼女の気が変わって今にも電話が来るんじゃないかと思って飛び込めなかった。