2017-01-05

妄想は、自分に自信があるからするものなのか



根底に某座談会へのブチ切れがあるので、不快になる方の方が多いと思われますのでご注意ください。

被害妄想

・少し言葉が悪い

夢小説が好きなオタクが書いている

基本的に、声のでかいオタクが苦手なのですが、そのうえで自分が信じているものを貶された(と私は受け取りました)ならそりゃあ 腹立つでしょ

ということで増田に書き殴ります

今回の座談会は、過去の拙い記事(http://anond.hatelabo.jp/unknownchang/20161229)の引用で恐縮ですが、

https://togetter.com/li/324664

上記記事記述されているような類のものや、#夢小説あるあるというタグが付いているツイートで茶化される夢のスタイル認識でいるのではないかと。

(中略)

そういった、夢のスタイルとして広く認識されている「誰か素晴らしい特性を持った人から見初められて運命が一転し、その過程で成長する話」のことを指して夢と呼んでいるのではないでしょうか、というところに落ち着きました。”

昔読んでいた夢がそうだったから今でもそうだと思ってるんでしょ、という認識です。

別に今ある夢を読んでその認識を改めろだなんて言いません。

こういうことを書くと夢界隈怖い~wとか言われそうですが、関わりたくないです。私はたたら場で暮らす。あなたは山で暮らす。以上。それだけ。

主題に戻りますと、夢は自信がある人がするものなのかという話です。

某つ○いさんの著作でも、「腐は壁になりたい、キャラクター恋愛なんておこがましい」等と書いていらっしゃったと記憶しています

もっとうまく反論したいのですが、悲しみが先に来てしまって何も言えなくなってしまます

好きなものを好きなように創作し、タグもたくさんつけて、注意書きも検索除けもして、避けたいなら避けれるようにしている風土があってある程度適用されていると思えるのですが、それでもまだ貶しの対象になってしまうのが悔しいというか。

そこに理屈なんてあんまりなくて、ただそうしたいからそうしただけで自信があるのね(笑)みたいな空気醸し出されなくちゃならないのなんでなんでだろう

別に自信のあるなしは関係ない、もっというと作者の自信のあるなしは関係ない、作者が、読者がそれに投影/キャラ付する器なだけでその器の行動が作者や読者の自信を表してるなんて論理の飛躍だと思うし。。。

全然まとまっていない

ただただ悲しいし腹が立つ。こんな広く伝わるメディアで言われたらどんなレッテルを誰の心に芽生えさせたかわかったもんじゃない。

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